抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:棄金璧於途路,則行人止足;委錦紈於泥濘,則見者驚咄。若夫放高世之士於庸鹵之伍,捐經國之器於困滯之地,而談者不訟其屈,達者不拯其窮,或貴其文而忽其身,或用其策而忘其功。斯之為病,由來久矣。
新字:抱樸子曰:棄金璧於途路,則行人止足;委錦紈於泥濘,則見者驚咄。若夫放高世之士於庸鹵之伍,捐経国之器於困滞之地,而談者不訟其屈,達者不拯其窮,或貴其文而忽其身,或用其策而忘其功。斯之為病,由来久矣。
書き下し
抱朴子曰く、金璧を途路に棄つれば、則ち行人足を止む。錦紈を泥濘に委つれば、則ち見る者驚き咄く。若し夫れ高世の士を庸鹵の伍に放ち、経国の器を困滞の地に捐てて、談ずる者其の屈を訟えず、達する者其の窮を拯わず、或いは其の文を貴びて其の身を忽にし、或いは其の策を用いて其の功を忘る。斯の病為る、由来久し。
現代語訳
抱朴子は言う。黄金や璧を道に捨てれば、通行人は足を止める。錦や絹をぬかるみに投げ出せば、見る者は驚いて嘆く。ところが、世に抜きん出た士を凡庸な者たちの中に放り出し、国を経営する器を困窮の地に打ち捨てても、論じる者はその不遇を訴えず、栄達した者はその窮状を救わない。その文章は貴びながら本人はないがしろにし、その策は用いながら功績は忘れてしまう。この病は、昔から続いている。
解説
「金璧を途路に棄つれば、則ち行人足を止む」。宝物が捨てられれば誰もが驚くのに、人物が捨てられても誰も騒がない、という落差を突いた段です。才能ある人を凡庸な環境に置き、窮地に放っておいても、周囲は不遇を訴えず、栄達した者も救おうとしません。文や策は使いながら、その人自身や功績は忘れるという指摘は、今にも通じます。提案や成果だけを吸い上げて、出した人を評価しない職場では、人は静かに去っていきます。人への敬意と手当てが、才能を守ります。
この章句が説くこと
金璧を途路に棄つれば則ち行人足を止む其の策を用いて其の功を忘る斯の病為る由来久し評価
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