抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:不睹瓊琨之熠爍,則不覺瓦礫之可賤;不覿虎豹之彧蔚,則不知犬羊之質漫。聆白雪之九成,然後悟巴人之極鄙;識儒雅之汪濊,爾乃悲不學之固陋。
新字:抱樸子曰:不睹瓊琨之熠爍,則不覚瓦礫之可賤;不覿虎豹之彧蔚,則不知犬羊之質漫。聆白雪之九成,然後悟巴人之極鄙;識儒雅之汪濊,爾乃悲不学之固陋。
書き下し
抱朴子曰く、瓊琨の熠爍を睹ずんば、則ち瓦礫の賤しむ可きを覚らず、虎豹の彧蔚を覿ずんば、則ち犬羊の質の漫なるを知らず。白雪の九成を聆きて、然る後に巴人の極めて鄙なるを悟り、儒雅の汪濊を識りて、爾乃ち不学の固陋を悲しむ。
現代語訳
抱朴子は言う。美玉の輝きを見なければ、瓦や小石の賤しむべきことに気づかず、虎や豹の鮮やかな文様を見なければ、犬や羊の質の飾りのなさを知らない。白雪の曲の九たびの奏を聴いて、はじめて巴人の歌のはなはだ卑しいことを悟り、儒雅の深く広いさまを知って、そこではじめて学ばないことの固く狭いことを悲しむ。
解説
比較の対象を知って初めて自分の水準が分かる、という段です。美玉の輝きを見なければ瓦礫が賤しいと気づかず、虎や豹の文様を見なければ犬や羊の質のなさが分かりません。「儒雅の汪濊を識りて、爾乃ち不学の固陋を悲しむ」。学問の深さに触れて初めて、学ばなかった自分の狭さを悲しむのです。社内だけで評価され満足している人は、外の水準を見ていないだけかもしれません。一流の仕事や深い知に実際に触れる機会を、本人にも部下にも意図的に作る意味を示す一節です。
この章句が説くこと
瓊琨の熠爍を睹ずんば白雪の九成を聆きて不学の固陋を悲しむ水準学問
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