抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:虎豹不能搏噬於波濤之中,螣蛇不能登淩於不霧之日,摯雉兔則鸞鳳不及鷹鷂,引耕犁則龍麟不逮雙峙。故武夫勇士,無用乎晏如之世;碩生逸才,不貴乎力競之運。
新字:抱樸子曰:虎豹不能搏噬於波濤之中,螣蛇不能登淩於不霧之日,摯雉兔則鸞鳳不及鷹鷂,引耕犁則竜麟不逮双峙。故武夫勇士,無用乎晏如之世;碩生逸才,不貴乎力競之運。
書き下し
抱朴子曰く、虎豹は波濤の中に搏噬する能わず、螣蛇は霧あらざるの日に登淩する能わず、雉兎を摯うるには則ち鸞鳳も鷹鷂に及ばず、耕犁を引くには則ち龍麟も双峙に逮ばず。故に武夫勇士は、晏如の世に用無く、碩生逸才は、力競の運に貴ばれず。
現代語訳
抱朴子は言う。虎や豹は波の中で獲物に飛びかかることができず、螣蛇は霧のない日には天に登れず、雉や兎を捕らえるには鸞鳳も鷹や鷂に及ばず、田を耕す犁を引くには龍や麒麟も双峙(農耕に使う獣か)に及ばない。だから武人や勇士は、安らかな世には用がなく、大学者や並外れた才人は、力で競う時勢には貴ばれない。
解説
力や才は、場面が合って初めて働くという段です。虎や豹も波の中では獲物を襲えず、龍や麒麟も犁を引く力では牛馬に及びません。「武夫勇士は、晏如の世に用無く」とあるように、平穏な世に武勇は出番がなく、力で競う世に学者は貴ばれません。能力の高低でなく、環境との相性が価値を決めます。事業の局面が変われば、求められる人の型も変わります。創業期に光った人が安定期に居場所を失うのは、本人の衰えとは限らず、局面と型のずれとして捉えると、配置転換の話が穏やかにできます。
この章句が説くこと
武夫勇士は晏如の世に用無く碩生逸才は力競の運に貴ばれず竜麟も双峙に逮ばず環境
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