抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:勛華不能化下愚,故教不行於子弟;辛癸不能改上智,故惡不染於三仁。
新字:抱樸子曰:勛華不能化下愚,故教不行於子弟;辛癸不能改上智,故悪不染於三仁。
書き下し
抱朴子曰く、勛華も下愚を化する能わず、故に教え子弟に行われず、辛癸も上智を改むる能わず、故に悪は三仁を染めず。
現代語訳
抱朴子は言う。堯・舜ほどの人でもはなはだ愚かな者を感化することはできず、それゆえ教えは子弟にも行われなかった。紂・桀ほどの悪君でも最上の知者を変えることはできず、それゆえ悪は三人の仁者を染めなかった。
解説
教育や感化の限界を、二つの対にして言う段です。「下愚を化する能わず」と、堯舜ほどの徳の主でも、はなはだ愚かな者は変えられません。逆に桀紂ほどの悪君のそばにいても、上智の人は「悪は三仁を染めず」。人は環境や上司の力だけでは決まらない、という見方です。研修や指導に熱心な管理職ほど、変わらない部下に自分を責めがちです。一方で悪い環境に染まらない人もいます。指導の効果が及ぶ範囲を見極め、変えられる相手に力を向ける現実的な判断が読みどころです。
この章句が説くこと
下愚を化する能わず上智を改むる能わず悪は三仁を染めず教育限界
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