抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:禁令不明,而嚴刑以靜亂;廟算不精,而窮兵以侵鄰。猶釤禾以討蝗蟲,伐木以殺蠹蠍,食毒以中蚤虱,徹舍以逐雀鼠也。
新字:抱樸子曰:禁令不明,而厳刑以静乱;廟算不精,而窮兵以侵鄰。猶釤禾以討蝗虫,伐木以殺蠹蠍,食毒以中蚤虱,徹舎以逐雀鼠也。
書き下し
抱朴子曰く、禁令明らかならずして、厳刑以て乱を静め、廟算精しからずして、窮兵以て鄰を侵す。猶お禾を釤りて以て蝗蟲を討ち、木を伐りて以て蠹蠍を殺し、毒を食らいて以て蚤虱に中て、舎を徹して以て雀鼠を逐うがごときなり。
現代語訳
抱朴子は言う。禁令が明らかでないのに、厳しい刑罰で乱を鎮めようとし、朝廷の策が精密でないのに、兵を尽くして隣国を侵す。それはちょうど、稲を刈り取ってイナゴを退治し、木を切り倒して木食い虫を殺し、毒を食らって蚤や虱に当て、家を取り壊して雀や鼠を追い払うようなものである。
解説
規則が曖昧なまま刑罰で乱を鎮め、戦略が粗いまま軍を出して隣国を攻める。それは蝗を退治するために稲を刈り、虫を殺すために木を切り倒し、蚤を毒殺するために自分が毒を食らい、鼠を追うために家を壊すようなものだと言います。「舎を徹して以て雀鼠を逐う」。手段の副作用が目的より大きい例です。厳罰や締め付けで規律を取り戻そうとする前に、ルールの明確さと計画の精度を点検する。原因の手当てを後回しにした対症療法への指摘です。
この章句が説くこと
禁令明らかならずして廟算精しからずして禾を釤りて以て蝗虫を討ち舎を徹して以て雀鼠を逐う対症副作用
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