おもひで草 / 物無兩全・物に両全なし、利害は用いる人にある
凡天地の間に有りとある物の上に、各利害の二理を兼備へためる中に、其利の大なるものはやがて害も大なるべく、其利小なるものは害も亦小なるべし、かの漢國聖人の敎てふものゝ、世に大なる利有りてやがて大なる害あるは、かの火水の世に大なる利有て、やがて大なる害あるが如しとぞいはまし、又利のみ有りて害なき物も有るべく、害のみ有りて利なき物も有なるべきを、そは何物にかふとしもおもひいでず、又利多くて害少き物、害多くて利少きものもおのづから有べし、又云、所謂其利大なる物も用ゐ誤てば害多く、害大なるものもよく用ゐれば、其利大なるべし、彼の器のまに〱すとかいへるも、能く用るとをいへるにや、されば利害は用る者の上に有りて、用るゝ物のうへにはもとよりなきにや、此も亦ふとしもおもひえず、そはとまれ、たゞ難波津のなにはおもはず汀の芦の朝夕べに神を祭り祖を敬ひつゝ、世の爲人の爲に利あらんとをのみもてつとめて、害なからんとを欲せんものをこそ、まことのよき人ともいはゞいはめ、
新字:凡天地の間に有りとある物の上に、各利害の二理を兼備へためる中に、其利の大なるものはやがて害も大なるべく、其利小なるものは害も亦小なるべし、かの漢国聖人の教てふものゝ、世に大なる利有りてやがて大なる害あるは、かの火水の世に大なる利有て、やがて大なる害あるが如しとぞいはまし、又利のみ有りて害なき物も有るべく、害のみ有りて利なき物も有なるべきを、そは何物にかふとしもおもひいでず、又利多くて害少き物、害多くて利少きものもおのづから有べし、又云、所謂其利大なる物も用ゐ誤てば害多く、害大なるものもよく用ゐれば、其利大なるべし、彼の器のまに〱すとかいへるも、能く用るとをいへるにや、されば利害は用る者の上に有りて、用るゝ物のうへにはもとよりなきにや、此も亦ふとしもおもひえず、そはとまれ、たゞ難波津のなにはおもはず汀の芦の朝夕べに神を祭り祖を敬ひつゝ、世の為人の為に利あらんとをのみもてつとめて、害なからんとを欲せんものをこそ、まことのよき人ともいはゞいはめ、
書き下し
凡天地の間に有りとある物の上に、各利害の二理を兼備へためる中に、其利の大なるものはやがて害も大なるべく、其利小なるものは害も亦小なるべし、かの漢國聖人の敎てふものゝ、世に大なる利有りてやがて大なる害あるは、かの火水の世に大なる利有て、やがて大なる害あるが如しとぞいはまし、又利のみ有りて害なき物も有るべく、害のみ有りて利なき物も有なるべきを、そは何物にかふとしもおもひいでず、又利多くて害少き物、害多くて利少きものもおのづから有べし、又云、所謂其利大なる物も用ゐ誤てば害多く、害大なるものもよく用ゐれば、其利大なるべし、彼の器のまに〱すとかいへるも、能く用るとをいへるにや、されば利害は用る者の上に有りて、用るゝ物のうへにはもとよりなきにや、此も亦ふとしもおもひえず、そはとまれ、たゞ難波津のなにはおもはず汀の芦の朝夕べに神を祭り祖を敬ひつゝ、世の爲人の爲に利あらんとをのみもてつとめて、害なからんとを欲せんものをこそ、まことのよき人ともいはゞいはめ、
現代語訳
およそ天地の間にあるすべての物には、それぞれ利と害の二つの理が備わっています。その中で、利の大きなものはやがて害も大きく、利の小さなものは害も小さいでしょう。かの漢の聖人の教えというものが、世に大きな利があってやがて大きな害があるのは、火や水が世に大きな利があって、やがて大きな害があるのと同じだと言えるでしょう。また、利だけがあって害のないもの、害だけがあって利のないものもあるはずですが、それが何であるかはすぐには思い浮かびません。また、利が多くて害の少ないもの、害が多くて利の少ないものもおのずからあるでしょう。さらに言えば、いわゆる利の大きなものも用い誤れば害が多く、害の大きなものもよく用いれば利が大きいでしょう。「器のままに」と言うのも、よく用いることを言ったものでしょうか。そうであれば、利害は用いる者の上にあって、用いられる物の上にはもともとないのでしょうか。これもまたすぐには思い至りません。それはさておき、ただ難波津のなにはのことも思わず、朝夕に神を祭り祖先を敬いながら、世のため人のために利があることだけをひたすら努め、害がないことを望む者をこそ、まことの良い人と言うなら言えるでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』利害平旦、信は大将の旗鼓を建て、鼓行して井陘口を出づ。趙、壁を開きて之を攻撃し、大いに戦うこと良久し。是に於て信と張耳とは旗鼓を棄て、水上に走る。水上の軍、壁を開きて之を入れ、復た疾く戦う。趙は壁を空しくして漢の旗鼓を争い、韓信・張耳を逐う。韓信・張耳已に水上の軍に入る。軍皆殊死して戦い、敗るべからず。信の出だす所の奇兵二千騎、共に趙の壁を空しくして利を逐うを候い、則ち馳せて趙の壁に入り、皆趙の幟を抜き、漢の赤幟二千を立つ。趙の軍、信等を得ずして、還りて壁に帰らんと欲するに、壁皆漢の赤幟なり。而して大いに驚き〔太公曰く「夫れ両陣の間に、俾陣を出だす。卒を縦にし行を乱す者は、変を為す所以なり」と。此の謂いなり〕、以為えらく漢は皆已に趙の主将を得たりと。遂に乱れて遁走す。趙の将撃ちて之を斬ると雖も、禁ずること能わざるなり〔孫子曰く「治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり」と。夫れ衆心已に乱るれば、良将有りと雖も、亦た之が為に計ること能わず〕。是に於て漢兵夾撃し、大いに之を破り、成安君を泜水の上に斬り、趙王歇を擒にす。
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『長短経』利害諸将、首虜を殺し、留まりて賀し、因りて信に問いて曰く「兵法に『山陵を右背にし、水沢を前左にす』と。今者、将軍は臣等をして反りて背水の陣をなさしめ、曰く『趙を破りて会食せん』と。時に臣等服せず。然れども竟に以て勝つ。此れ何の術ぞや」と。信曰く「此れ兵法の中に在り、顧だ諸君察せざるのみ。兵法に曰わずや『之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に置きて而る後に存す』と〔夫れ死地に処るは、力均しく勢い敵するを謂う。死地を以て勝ちを取るは可なり。若し至弱を以て至強に当たり、弱兵を死地に投ずれば、自ら陥ることを貽すなり。故に孫子曰く「兵恐るれば、救うべからず」と。又た経に曰く「大衆害に陥りて、然る後に能く勝敗を為す」と。是に知る、死地の機は、必ず大衆を用うるなり〕。且つ信は能く素より士大夫を撫循するに非ず。所謂市人を駆りて戦わしむるなり。其の勢い之を死地に置きて、人人をして自ら戦いを為さしむるに非ずんば、今之に生地を与えば、皆走らん。寧んぞ尚お得て之を用うべけんや」と。諸将曰く「善し。及ぶ所に非ざるなり」と。
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孫子・九変篇是の故に智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑えて務め信なる可きなり。害に雑えて患い解く可きなり。
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『長短経』利害孫子曰く「之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に投じて而る後に存す」と。又た曰く「利に雑えて務め伸ぶべく、害に雑えて患い解くべし」と。何を以て之を明らかにせん。漢の将韓信、趙を攻む。趙は兵を井陘口に盛んにす。信乃ち兵を引きて未だ井陘口に至らざること三十里にして、止まり舎す。夜半に伝え発し、軽騎二千人を選び、一赤幟を持たしめ、間道より山に萆れて〔音は蔽〕趙の軍を望見せしむ。之を誡めて曰く「趙は吾が走るを見ば、必ず壁を空しくして吾を逐わん。若疾く趙の壁に入り、趙の幟を抜きて、漢の赤幟を立てよ」と。其の裨将をして飱を伝えしめて曰く「今日趙を破りて会食せん」と。諸将皆信ずる莫く、佯り応じて曰く「諾」と。信、軍吏に謂いて曰く「趙は已に先に便地に拠りて壁を為す。且つ彼は未だ我が大将の旗鼓を見ずんば、未だ肯えて前行を撃たず。吾が阻険に至りて還らんことを恐るればなり」と。信乃ち万人をして出でて、背水の陣を行わしむ。趙の軍望見して、大いに之を笑う。〔太公曰く「智衆と同じきは、人の師に非ざるなり。伎衆と同じきは、国士に非ざるなり。動くこと不意より神なるは莫く、勝つこと不識より大なるは莫し」と。趙の軍をして韓信の勢いを識らしめば、安んぞ敗るるを得んや。故に之を笑いて敗るるなり。〕
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『韓非子』六反第四十六今上下の接は、子父の沢無し、而るに義を行ひて以て下を禁ぜんと欲すれば、則ち交必ず郄有り。且つ父母の子に於けるや、男を産めば則ち相賀し、女を産めば則ち之を殺す。此れ倶に父母の懐袵より出づ、然れども男子は賀を受け、女子は之を殺す者は、其の後便を慮り、之を長利に計ればなり。故に父母の子に於けるや、猶ほ計算の心を用ひて以て相待つなり、而るを況んや父子の沢無きをや。今学者の人主に説くや、皆利を求むるの心を去り、相愛するの道に出でしむ、是れ人主の父母の親に過ぎんことを求むるなり、此れ恩を論ずるに熟せず、詐にして誣ふるなり、故に明主は受けざるなり。
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『韓非子』說林上二十二魏の恵王、臼里の盟を為し、将に復た天子を立てんとす。彭喜、鄭君に謂ひて曰く、「君聴く勿かれ。大国は天子有るを悪み、小国は之を利とす。若し君と大と聴かずんば、魏焉んぞ能く小と之を立てんや」と。晋人、邢を伐ち、斉の桓公将に之を救はんとす。鮑叔曰く、「太だ蚤し。邢亡びずんば晋敝れず、晋敝れずんば斉重からず。且つ夫れ危を持するの功は、亡を存するの徳の大なるに如かず。君晩く之を救ひて以て晋を敝らしむるに如かず、斉実に利あり。邢の亡ぶるを待ちて復た之を存せば、其の名実美なり」と。桓公乃ち救はず。子胥出走し、辺候之を得たり。子胥曰く、「上の我を索むるは、我に美珠有るを以てなり。今我已に之を亡へり。我且に子取りて之を呑めりと曰はんとす」と。候因りて之を釈す。慶封、斉に乱を為して越に走らんと欲す。其の族人曰く、「晋は近し、奚ぞ晋に之かざる」と。慶封曰く、「越は遠し、以て難を避くるに利あり」と。族人曰く、「是の心を変ずれば、晋に居るも可なり。是の心を変ぜずんば、遠き越と雖も、其れ以て安かるべけんや」と。智伯、地を魏の宣子に索む、魏の宣子予へず。任章曰く、「何の故に予へざる」と。宣子曰く、「故無くして地を請ふ、故に予へず」と。任章曰く、「故無くして地を索めば、隣国必ず恐れん。彼重欲にして厭くこと無くんば、天下必ず懼れん。君之に地を予へば、智伯必ず驕りて敵を軽んじ、隣邦必ず懼れて相親しまん。

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