抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:威施之艷,粉黛無以加,二至之氣,吹噓不能增。是以懷英逸之量者,不務風格以示異;體邈俗之器者,不恤小譽以徇通。
新字:抱樸子曰:威施之艶,粉黛無以加,二至之気,吹噓不能增。是以懐英逸之量者,不務風格以示異;体邈俗之器者,不恤小誉以徇通。
書き下し
抱朴子曰く、威施の艶は、粉黛も以て加うる無く、二至の気は、吹噓も増す能わず。是を以て英逸の量を懐く者は、風格を務めて以て異を示さず、邈俗の器を体する者は、小誉を恤えて以て通に徇わず。
現代語訳
抱朴子は言う。威施の艶やかさには、白粉や眉墨も付け加えるものがなく、冬至・夏至の気は、息を吹きかけても強めることができない。だから優れた器量を抱く者は、風格を作ることに努めて人と違うところを示そうとはせず、俗を超えた器を身に備えた者は、小さな評判を気にして世間に迎合することをしない。
解説
本物の美しさは化粧で増えず、冬至や夏至の気は息を吹いても強まらない、と言います。だから器の大きい人は、人と違うことを見せつけようとせず、小さな評判に合わせて通じようともしません。「小誉を恤えて以て通に徇わず」。評価を気にして迎合しない姿勢です。管理職なら、受けの良さを狙った施策より、中身で勝負する姿勢のほうが長持ちします。ただ飾らないことと努力しないことは別なので、中身を磨く手は止められません。
この章句が説くこと
粉黛も以て加うる無く風格を務めて以て異を示さず小誉を恤えて以て通に徇わず器量迎合本物
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