抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:謗讀言不可以巧言弭,實恨不可以虛事釋。釋之非其道,弭之不由理,猶懷冰以遣冷,重爐以卻暑,逐光以逃影,穿舟以止漏矣。
新字:抱樸子曰:謗読言不可以巧言弭,実恨不可以虚事釈。釈之非其道,弭之不由理,猶懐冰以遣冷,重炉以却暑,逐光以逃影,穿舟以止漏矣。
書き下し
抱朴子曰く、謗讟の言は巧言を以て弭む可からず、実恨は虚事を以て釈く可からず。釈くこと其の道に非ず、弭むること理に由らざるは、猶お氷を懐きて以て冷を遣り、炉を重ねて以て暑を却け、光を逐いて以て影を逃れ、舟を穿ちて以て漏を止むるがごとし。
現代語訳
抱朴子は言う。そしりの言葉は巧みな言葉では収まらず、実際の恨みは偽りの事柄では解けない。解くのに正しい道によらず、収めるのに理によらないのは、氷を懐に抱いて寒さを払い、炉を重ねて暑さを退け、光を追いかけて影から逃げ、舟に穴をあけて水漏れを止めようとするようなものである。
解説
不満や非難を、うまい言葉でごまかして収めようとしても、かえって悪化する。そう言い切って、四つの滑稽なたとえを並べます。氷を抱いて冷えを払う、炉を重ねて暑さを払う、光を追って影から逃げる、舟に穴をあけて漏れを止める。どれも目的と手段が逆向きです。「実恨は虚事を以て釈く可からず」。現場のクレームや部下の不満は、取り繕いの説明より、事実を認めて原因を直すほうが早い。まず本当の恨みの根が何かを聞くことが、収め方の入口になります。
この章句が説くこと
謗讟の言は巧言を以て弭む可からず実恨は虚事を以て釈く可からず光を逐いて以て影を逃れ舟を穿ちて以て漏を止むる不満原因
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