抱朴子外篇 / 博喻
抱樸子曰:卑高不可以一概齊,餐廩不可以勸沮化。是以惠施患從車之苦少,莊周憂得魚之方多。
新字:抱樸子曰:卑高不可以一概斉,餐廩不可以勧沮化。是以恵施患従車之苦少,荘周憂得魚之方多。
書き下し
抱朴子曰く、卑高は一概を以て斉しくす可からず、餐廩は勧沮を以て化す可からず。是を以て恵施は従車の苦少なきを患え、荘周は得魚の方多きを憂う。
現代語訳
抱朴子は言う。身分の低い高いは、一律に同じにすることはできず、食禄を与えたり取り上げたりすることで、人を感化することもできない。だから恵施は、車に従う苦労が少ないことを患い、荘周は、魚を得る方法が多いことを憂えた。(後半二句は原文の意が取りにくく、字義どおりに訳した)
解説
人の立場や求めるものは一様ではなく、報酬の与奪だけでは人を変えられない、という前半が骨です。「卑高は一概を以て斉しくす可からず、餐廩は勧沮を以て化す可からず」。後半の恵施と荘周の例は、原文の意が取りにくいところで、確かな読みは控えます。現場で読むなら、給与や賞罰の制度だけで動機を揃えようとしても限界がある、という指摘になります。同じ報酬でも受け取り方は立場で違う。人ごとの事情を聞いたうえで、制度を設計する必要があります。
この章句が説くこと
卑高は一概を以て斉しくす可からず餐廩は勧沮を以て化す可からず荘周は得魚の方多きを憂う動機制度
関連する章句
-
『墨子』非命上是の故に古の聖王、憲を發し令を出だし、設けて以て賞罰と為して以て賢を勸む。是を以て入りては則ち親戚に孝慈、出でては則ち鄉里に弟長、坐處に度有り、出入に節有り、男女に辯有り。是の故に官府を治めしむれば則ち盜竊せず、城を守れば則ち崩叛せず、君に難有れば則ち死し、出亡すれば則ち送る。此れ上の賞する所にして、百姓の譽むる所なり。有命を執る者の言に曰く、「上の賞する所は、命、固より且に賞せんとす、賢なるが故に賞するに非ざるなり。上の罰する所は、命、固より且に罰せんとす、暴なるが故に罰するに非ざるなり」と。
-
『韓非子』初見秦第一今秦は号令を出だして賞罰を行ひ、功有ると功無きと相事とす。其の父母の懐衽の中より出でて、生まれて未だ嘗て寇を見ざるのみ。戦ひを聞けば、足を頓し徒裼し、白刃を犯し、鑪炭を踏み、死を前に断ずる者皆是れなり。夫れ死を断ずると生を断ずるとは同じからず、而るに民之を為す者は、是れ奮死を貴べばなり。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦鄆州に徙り知る。京東は素より盗多し。盗を捕うるの法、百日を以て三限と爲す。限りて獲ざる者は罪に抵る。盗は未だ必ずしも得ず、而して刑を被る者衆し。公、他盗を獲る者は比折して過を除くを聽さんことを請う。捕者に免刑の路有り、故に盗多く獲らる。朝廷著して天下の法と爲し、今に至るまで之を用う。
-
『墨子』非攻下則ち夫の攻伐を好むの君、又た其の説を飾りて曰く、我れ金玉子女壤地を以て足らずと為すに非ざるなり。我れ義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來さんと欲するなり、と。子墨子曰く、今、若し能く義の名を以て天下に立て、徳を以て諸侯を來す者有らば、天下の服すること立ちどころに待つ可きなり。夫れ天下、攻伐に處ること久し。譬うるに猶お傅子の馬を為るが然り。
-
司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
-
論語・憲問篇微生畝、孔子に謂いて曰く、「丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。」孔子曰く、「敢えて佞を為すに非ざるなり、固を疾むなり。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る