抱朴子外篇 / 安貧
樂天先生答曰:「六藝備研,八索必該。斯則富矣,振翰摛藻,德音無窮,斯則貴矣。求仁仁至,舍旃焉如。夫棲重淵以頤靈,外萬物而自得,遺紛埃於險途,澄精神於玄默。不窺牖以遐覽,判微言而靡惑。雖復設之以臺鼎,猶確爾而弗革也。曷肯憂貧而與賈豎爭利,戚窮而與凡瑣競達哉!吾子茍知商販可以崇寶,耕也可以免饑,不識逐麋者不顧兔,道遠者其到遲也。且夫尚父之鼓刀,素首乃吐奇也;萬鈞之為重,沖飈不能移;簫韶未九成,靈鳥紆儀也。是以俟扶搖而登蒼霄者,不棄詘於蓬蒿之杪;騁蘭筋以陟六萬者,不爭途乎蹇驢之群。大孝必畏辱親之險,故子春戰悸於下堂;上智不貴難得之財,故唐虞捐金而抵譬。明哲消禍於未來,知士聞利則慮害,而吾子言凡仆以泛舟,孳孳於潤屋,勸隋珠之彈雀,控虎口以奪肉,輕遺體於不測,觸重險以遠至,忘髮膚之明戒,尋乾沒於難冀。若夫焚輸傾巖,木拔石飛,陽侯山峙,洪濤山罪巍,輕艘塵漂,力與心違,從嗟泣而罔逮,乃悟達者之見微也。
新字:楽天先生答曰:「六芸備研,八索必該。斯則富矣,振翰摛藻,徳音無窮,斯則貴矣。求仁仁至,舎旃焉如。夫棲重淵以頤霊,外万物而自得,遺紛埃於険途,澄精神於玄黙。不窺牖以遐覧,判微言而靡惑。雖復設之以台鼎,猶確爾而弗革也。曷肯憂貧而与賈豎争利,戚窮而与凡瑣競達哉!吾子苟知商販可以崇宝,耕也可以免饑,不識逐麋者不顧兔,道遠者其到遅也。且夫尚父之鼓刀,素首乃吐奇也;万鈞之為重,沖飈不能移;簫韶未九成,霊鳥紆儀也。是以俟扶揺而登蒼霄者,不棄詘於蓬蒿之杪;騁蘭筋以陟六万者,不争途乎蹇驢之群。大孝必畏辱親之険,故子春戦悸於下堂;上智不貴難得之財,故唐虞捐金而抵譬。明哲消禍於未来,知士聞利則慮害,而吾子言凡仆以泛舟,孳孳於潤屋,勧隋珠之弾雀,控虎口以奪肉,軽遺体於不測,触重険以遠至,忘髪膚之明戒,尋乾没於難冀。若夫焚輸傾巖,木抜石飛,陽侯山峙,洪濤山罪巍,軽艘塵漂,力与心違,従嗟泣而罔逮,乃悟達者之見微也。
書き下し
楽天先生答えて曰く、「六芸備さに研き、八索必ず該ぬ。斯れ則ち富めるなり、翰を振い藻を摛べ、徳音窮まり無し、斯れ則ち貴きなり。仁を求めて仁至る、旃を舎てて焉くにか如かん。夫れ重淵に棲みて以て霊を頤い、万物を外にして自得し、紛埃を険途に遺し、精神を玄黙に澄ます。牖を窺わずして以て遐く覧、微言を判ちて惑い靡し。復た之を設くるに台鼎を以てすと雖も、猶お確爾として革まらず。曷ぞ肯えて貧を憂えて賈豎と利を争い、窮を戚えて凡瑣と達を競わんや。吾子は茍くも商販は以て宝を崇ぶ可く、耕すは以て饑えを免る可きを知るも、麋を逐う者は兎を顧みず、道遠き者は其の到ること遅きを識らず。且つ夫れ尚父の刀を鼓つや、素首にして乃ち奇を吐く。万鈞の重たるや、沖飈も移す能わず。簫韶未だ九成ならざれば、霊鳥は儀を紆らす。是を以て扶搖を俟ちて蒼霄に登る者は、詘を蓬蒿の杪に棄てず、蘭筋に騁せて六万に陟る者は、途を蹇驢の群に争わず。大孝は必ず親を辱しむるの険を畏る、故に子春は下堂に戦悸す。上智は得難きの財を貴ばず、故に唐虞は金を捐てて璧を抵つ。明哲は禍を未だ来らざるに消し、知士は利を聞きては害を慮る。而るに吾子は凡仆を言いて以て舟を泛べ、孳孳として屋を潤し、隋珠を勧めて雀を弾たしめ、虎口を控きて肉を奪わしめ、遺体を不測に軽んじ、重険に触れて以て遠く至らしむ。髪膚の明戒を忘れ、乾没を冀い難きに尋ぬ。若し夫れ焚輸傾巌、木抜け石飛び、陽侯山のごとく峙ち、洪涛山のごとく巍く、軽艘は塵のごとく漂い、力は心に違い、嗟泣に従いて逮ぶ罔きは、乃ち達者の微を見るを悟る。
現代語訳
楽天先生は答えて言う。「六芸をつぶさに研き、八索を必ず兼ね備える。これが富である。筆を振るい文藻を並べ、徳ある言葉が尽きない。これが貴である。仁を求めて仁が至る。これを措いてどこへ行こうか。深い淵に棲んで霊を養い、万物を外にして自ら得心し、紛れた塵を険しい道に置き、精神を奥深い静けさに澄ませる。窓の外をのぞかずに遠くまで見渡し、微かな言葉を見分けて惑いがない。たとえ三公の位を設けられても、確固として変わらない。どうして貧しさを憂えて商人と利を争い、窮することを悲しんで凡庸な者と栄達を競おうか。あなたはかりそめに商いが宝を高め、耕すことが飢えを免れさせると知っていても、鹿を追う者は兎を顧みず、遠い道を行く者は到着の遅いことを気にしない。そもそも尚父が刀を鳴らして肉を切っていたのは、白髪になってから奇略を吐くためであった。万鈞の重いものは、烈風も動かせない。簫韶の楽が九たび奏でられないうちは、霊鳥は姿を現さない。だから扶搖の風を待って蒼い空に登る者は、蓬や蒿の梢の屈曲に捨てられず、名馬に乗って六万里を行く者は、道を足の悪いロバの群れと争わない。大孝は必ず親を辱める危険を畏れる。だから子春は堂を下りるとき、足を傷めて恐れ慄いた。上智は得がたい財を貴ばない。だから唐や虞は金を投げ捨て、璧を投げ棄てた。明哲は禍を来る前に消し、知者は利を聞いては害を思う。ところがあなたは凡庸な下僕のことを言って舟を浮かべさせ、せっせと家を潤そうとし、隋侯の珠で雀を撃てと勧め、虎の口から肉を奪えと誘い、受け継いだ身を不測の事態に軽々しくさらし、重い険しさに触れて遠くまで行かせようとする。髪や肌を傷つけるなという明らかな戒めを忘れ、望みがたい濡れ手の利を求めている。もし船が焼けて岸が崩れ、木が抜けて石が飛び、陽侯の波が山のようにそびえ、大波が山のように高く、軽い舟が塵のように漂い、力が心に及ばず、嘆き泣いても間に合わない時になって、はじめて達者の兆しを見る眼を悟るのだ。
解説
この章句が説くこと
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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