抱朴子外篇 / 尚博
夫賞快者必譽之以好,而不得曉者,必毀之以惡,自然之理也。於是以其所不解者為虛誕,慺誠以為爾,未必違情以傷物也。又世俗率神貴古昔而黷賤同時:雖有追風之駿,猶謂之不及造父之所禦也;雖有連城之珍,猶謂之不及楚人之所泣也;雖有疑斷之劍,猶謂之不及歐冶之所鑄也;雖有起死之藥,猶謂之不及和鵲之所合也;雖有超群之人,猶謂之不及竹帛之所載也;雖有益世之書,猶謂之不及前代之遺文也。是以仲尼不見重於當時,大玄見蚩薄於比肩也。俗士多雲,今山不及古山之高,今海不及古海之廣,今日不及古日之熱,今月不及古月之朗,何肯許今之才士,不減古之枯骨!重所聞,輕所見,非一世之所患矣。昔之破琴剿弦者,諒有以而然乎!
新字:夫賞快者必誉之以好,而不得暁者,必毀之以悪,自然之理也。於是以其所不解者為虚誕,慺誠以為爾,未必違情以傷物也。又世俗率神貴古昔而黷賤同時:雖有追風之駿,猶謂之不及造父之所禦也;雖有連城之珍,猶謂之不及楚人之所泣也;雖有疑断之剣,猶謂之不及欧冶之所鋳也;雖有起死之薬,猶謂之不及和鵲之所合也;雖有超群之人,猶謂之不及竹帛之所載也;雖有益世之書,猶謂之不及前代之遺文也。是以仲尼不見重於当時,大玄見蚩薄於比肩也。俗士多雲,今山不及古山之高,今海不及古海之広,今日不及古日之熱,今月不及古月之朗,何肯許今之才士,不減古之枯骨!重所聞,軽所見,非一世之所患矣。昔之破琴剿弦者,諒有以而然乎!
書き下し
夫れ賞して快き者は必ず之を誉むるに好を以てし、而して曉るを得ざる者は必ず之を毀るに悪を以てするは、自然の理なり。是に於て其の解せざる所を以て虚誕と為し、慺誠にして以て爾りと為す、未だ必ずしも情に違いて物を傷なうにあらざるなり。又た世俗は率ね古昔を神にして貴び、同時を黷して賤しむ。追風の駿有りと雖も、猶お之を造父の御する所に及ばずと謂い、連城の珍有りと雖も、猶お之を楚人の泣く所に及ばずと謂い、疑いを断つ剣有りと雖も、猶お之を欧冶の鋳る所に及ばずと謂い、死を起こす薬有りと雖も、猶お之を和鵲の合する所に及ばずと謂い、群を超ゆる人有りと雖も、猶お之を竹帛の載する所に及ばずと謂い、世を益する書有りと雖も、猶お之を前代の遺文に及ばずと謂う。是を以て仲尼は当時に重んぜられず、太玄は比肩に蚩薄せらる。俗士は多く云う、今の山は古の山の高きに及ばず、今の海は古の海の広きに及ばず、今の日は古の日の熱きに及ばず、今の月は古の月の朗らかなるに及ばずと。何ぞ肯えて今の才士の、古の枯骨に減らざるを許さんや。聞く所を重んじ、見る所を軽んずるは、一世の患いに非ず。昔の琴を破り弦を剿ちし者は、諒に以て然ること有るか。
現代語訳
そもそも、ほめて快く思うものは必ずよいと誉め、理解できないものは必ず悪いとそしるのは、自然の理である。そこで自分が理解できないものを虚しい妄言とし、誠実なつもりでそうだと思うのであって、必ずしも情に背いて物を傷つけようというのではない。また世俗はおおむね古を神にして貴び、同じ時代のものを軽んじて賤しむ。風を追う名馬がいても、造父の御したものには及ばないと言い、連城の宝があっても、楚の人が泣いた玉には及ばないと言い、疑いを断つ剣があっても、欧冶の鋳たものには及ばないと言い、死者を起こす薬があっても、和や鵲の調合したものには及ばないと言い、群を抜く人がいても、書物に載った人には及ばないと言い、世を益する書があっても、前代の遺文には及ばないと言う。こうして孔子は当時重んじられず、太玄は同輩にそしられ薄んじられた。俗士の多くは言う、今の山は昔の山の高さに及ばず、今の海は昔の海の広さに及ばず、今の日は昔の日の熱さに及ばず、今の月は昔の月の明るさに及ばないと。どうして今の才士が、昔の枯れた骨に劣らないことを認めようか。聞いたことを重んじ、目の前のものを軽んじるのは、一つの世だけの患いではない。昔、琴を壊し弦を切った者がいたのも、まことにもっともな理由があったのだろう。
解説
この章句が説くこと
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