抱朴子外篇 / 刺驕
有似盜跖,自謂有聖人之道五者也。此俗之傷破人倫,劇於寇賊之來,不能經久,豈所損壞一服而已!若夫貴門子孫,及在位之士,不惜典刑,而皆科頭袒體,踞見賓客,既辱天官,又移染庸民,後生晚出,見彼或已經清資,或佻竊虛名,而躬自為之,則凡夫便謂立身當世,莫此之為美也。夫守禮防者苦且難,而其人多窮賤焉;恣驕放者樂且易,而為者皆速達焉。於是俗人莫不委此而就彼矣。
新字:有似盗跖,自謂有聖人之道五者也。此俗之傷破人倫,劇於寇賊之来,不能経久,豈所損壊一服而已!若夫貴門子孫,及在位之士,不惜典刑,而皆科頭袒体,踞見賓客,既辱天官,又移染庸民,後生晩出,見彼或已経清資,或佻窃虚名,而躬自為之,則凡夫便謂立身当世,莫此之為美也。夫守礼防者苦且難,而其人多窮賤焉;恣驕放者楽且易,而為者皆速達焉。於是俗人莫不委此而就彼矣。
書き下し
盗跖の自ら聖人の道五つ有りと謂うに似たる有り。此の俗の人倫を傷破すること、寇賊の来たるよりも劇しく、経久する能わず、豈に損壊する所一服のみならんや。若し夫れ貴門の子孫、及び位に在るの士、典刑を惜しまずして、皆な科頭袒体し、踞して賓客に見ゆるは、既に天官を辱め、又た庸民に移染す。後生晩出、彼の或いは已に清資を経、或いは虚名を佻竊するも、躬ら自ら之を為すを見れば、則ち凡夫は便ち身を当世に立つるに、此れの美と為すもの莫しと謂う。夫れ礼防を守る者は苦しく且つ難く、而して其の人は多く窮賤なり。驕放を恣にする者は楽しく且つ易く、而して為す者は皆な速やかに達す。是に於いて俗人は此れを委てて彼に就かざる莫し。
現代語訳
盗跖が自分には聖人の道が五つあると言ったのに似ている。この風俗が人の道を傷つけ破ることは、盗賊が来るよりも激しく、長続きするはずもなく、どうして一着の服の損壊だけで済もうか。貴い家の子孫や、官位にある士が、法の掟を惜しまず、皆な冠を脱いで肌をあらわにし、足を投げ出して賓客に会うのは、すでに官職を辱め、さらに凡庸な民に染み移る。後進の若者は、彼らがすでに清貴な資格を経た者や虚名を盗み得た者でありながら、自ら進んでこれを行うのを見て、凡夫はそれこそ当世に身を立てる最上の様だと思う。礼の防ぎを守る者は苦しくて難しく、しかもその人は多く貧賤である。驕り放縦をほしいままにする者は楽で易しく、しかもそうする者は皆な速やかに栄達する。そこで俗人は、前者を捨てて後者につかないではいられない。
解説
この章句が説くこと
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