抱朴子外篇 / 譏惑
喪亂以來,事物屢變,冠履衣服,袖袂財制,日月改易,無復一定。乍長乍短,一廣一狹,忽高忽卑,或粗或細,所飾無常,以同為快。其好事者,朝夕放效,所謂「京輦貴大眉,遠方皆半額」也。余實凡夫,拙於隨俗,其服物變不勝,故不變,無所損者,余未曾易也。雖見指笑,余亦不理也。豈茍欲違眾哉,誠以為不急耳。上國眾事,所以勝江表者多,然亦有可否者,君子行禮,不求變俗,謂違本邦之他國,不改其桑梓之法也。況其在於父母之鄉,亦何為當事棄舊而強更學乎!吳之善書,則有皇象劉纂岑伯然朱季平,皆一代之絕手,如中州有鍾元常胡孔明張芝索靖,各一邦之妙,並用古體,俱足周事。
新字:喪乱以来,事物屡変,冠履衣服,袖袂財制,日月改易,無復一定。乍長乍短,一広一狭,忽高忽卑,或粗或細,所飾無常,以同為快。其好事者,朝夕放効,所謂「京輦貴大眉,遠方皆半額」也。余実凡夫,拙於随俗,其服物変不勝,故不変,無所損者,余未曽易也。雖見指笑,余亦不理也。豈苟欲違衆哉,誠以為不急耳。上国衆事,所以勝江表者多,然亦有可否者,君子行礼,不求変俗,謂違本邦之他国,不改其桑梓之法也。況其在於父母之郷,亦何為当事棄旧而強更学乎!呉之善書,則有皇象劉纂岑伯然朱季平,皆一代之絶手,如中州有鍾元常胡孔明張芝索靖,各一邦之妙,並用古体,倶足周事。
書き下し
喪乱より以来、事物屢々変じ、冠履衣服、袖袂の財制は、日月に改易して、復た一定無し。乍ち長く乍ち短く、一は広く一は狭く、忽ち高く忽ち卑く、或いは粗く或いは細く、飾る所常無く、同じきを以て快しと為す。其の好事の者は、朝夕に放効す。所謂「京輦は大眉を貴び、遠方は皆な半額」なり。余は実に凡夫にして、俗に随うに拙し。其の服物の変は勝えず。故に変ぜず、損なう所無き者は、余は未だ曾て易えざるなり。指さし笑わると雖も、余も亦た理せず。豈に茍も衆に違わんと欲せんや。誠に以て急ならずと為すのみ。上国の衆事は、江表に勝る所以の者多し。然れども亦た可否ある者有り。君子の礼を行うや、俗を変ずるを求めず。本邦に違う他国を謂うも、其の桑梓の法を改めざるなり。況んや其の父母の郷に在りては、亦た何為れぞ事に当たりて旧を棄て強いて更め学ばん。呉の書を善くするは、則ち皇象・劉纂・岑伯然・朱季平有り、皆な一代の絶手なり。中州に鍾元常・胡孔明・張芝・索靖有るが如く、各々一邦の妙にして、並びに古体を用い、倶に事に周るに足る。
現代語訳
喪乱以来、物事はたびたび変わり、冠や履き物、衣服、袖や袂の仕立ては、日ごと月ごとに改まって、一定しない。急に長くなり急に短くなり、広くなったり狭くなったり、高くなったり低くなったり、粗くなったり細くなったりし、飾りは決まらず、皆が同じであることを心地よしとする。物好きな者は、朝晩これを真似る。いわゆる「都では太い眉を貴び、遠方では皆な額を半分にする」である。私は凡庸な人間で、世間に合わせるのが苦手である。服や物の変化には付いていけない。だから変えても損のないものは、私は一度も変えていない。指さされて笑われても、私は気にしない。ことさら衆人に逆らおうとするのではなく、実に急ぐことではないと思うだけである。上国のさまざまなことは、江表(長江以南)より優れている点が多い。だが可否の分かれるものもある。君子が礼を行うときは、風俗を変えようとは求めない。自国と異なる他国の者でも、故郷の法を改めないものだ。ましてや父母の郷に在って、なぜ事に当たって旧きを捨ててまで無理に学び直す必要があろうか。呉の書の名手には、皇象・劉纂・岑伯然・朱季平がおり、いずれも一代の絶手である。中原に鍾元常・胡孔明・張芝・索靖がいるのと同じで、それぞれ一国の妙を持ち、いずれも古い書体を用いて、事を足すのに十分である。
解説
この章句が説くこと
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