抱朴子外篇 / 酒誡
抱朴子曰:目之所好,不可從也;耳之所樂,不可順也;鼻之所喜,不可任也;口之所嗜,不可隨也;心之所欲,不可恣也。故惑目者,必逸容鮮藻也;惑耳者,必妍音淫聲也;惑鼻者,必草臣蕙芬也;惑口者,必珍羞嘉旨也;惑心者,必勢利功名也。五者畢惑,則或承之禍為身患者,不亦信哉!是以智者嚴櫽括於性理,不肆神以逐物,檢之以恬愉,增之以長算。其抑情也,劇乎堤防之備決;其禦性也,過乎腐轡之乘奔。故能內保永年,外免釁累也。蓋饑寒難堪者也,而清節者不納不義之谷帛焉;困賤難居者也,而高尚者不處危亂之榮貴焉。蓋計得則能忍之心全矣,道勝則害性之事棄矣。
新字:抱朴子曰:目之所好,不可従也;耳之所楽,不可順也;鼻之所喜,不可任也;口之所嗜,不可随也;心之所欲,不可恣也。故惑目者,必逸容鮮藻也;惑耳者,必妍音淫声也;惑鼻者,必草臣蕙芬也;惑口者,必珍羞嘉旨也;惑心者,必勢利功名也。五者畢惑,則或承之禍為身患者,不亦信哉!是以智者厳櫽括於性理,不肆神以逐物,検之以恬愉,增之以長算。其抑情也,劇乎堤防之備決;其禦性也,過乎腐轡之乗奔。故能内保永年,外免釁累也。蓋饑寒難堪者也,而清節者不納不義之谷帛焉;困賤難居者也,而高尚者不処危乱之栄貴焉。蓋計得則能忍之心全矣,道勝則害性之事棄矣。
書き下し
抱朴子曰く、目の好む所は、従う可からざるなり。耳の楽しむ所は、順う可からざるなり。鼻の喜ぶ所は、任す可からざるなり。口の嗜む所は、隨う可からざるなり。心の欲する所は、恣にす可からざるなり。故に目を惑わす者は、必ず逸容・鮮藻なり。耳を惑わす者は、必ず妍音・淫声なり。鼻を惑わす者は、必ず草臣・蕙芬なり。口を惑わす者は、必ず珍羞・嘉旨なり。心を惑わす者は、必ず勢利・功名なり。五者畢く惑えば、則ち或いは承くる禍は身の患いと為る者、亦信ならずや。是を以て智者は性理に櫽括を厳しくし、神を肆にして物を逐わず、之を検するに恬愉を以てし、之を増すに長算を以てす。其の情を抑うるや、決を備うる堤防より劇しく、其の性を禦するや、奔に乗る腐轡より過ぐ。故に能く内には永年を保ち、外には釁累を免る。蓋し飢寒は堪え難き者なり、而るに清節の者は不義の穀帛を納れず。困賤は居り難き者なり、而るに高尚の者は危乱の栄貴に処らず。蓋し計得れば則ち忍ぶの心全く、道勝てば則ち性を害するの事棄つ。
現代語訳
抱朴子は言う。目が好むものには従ってはならない。耳が楽しむものには順ってはならない。鼻が喜ぶものに任せてはならない。口が嗜むものに随ってはならない。心が欲するものを恣にしてはならない。だから目を惑わすのは、必ず美しい容姿と鮮やかな彩りである。耳を惑わすのは、必ず艶やかな音と淫らな声である。鼻を惑わすのは、必ず草や蕙の芳香である。口を惑わすのは、必ず珍味と美味である。心を惑わすのは、必ず権勢と利益と功名である。この五つがすべて惑えば、身に受ける禍が患いとなるのは、まことにもっともではないか。だから智者は本性と道理に対して厳しく枠をはめ、精神を放ち物を追わず、これを安らぎと楽しみで検め、これを深い計算で増す。情を抑えることは決壊に備える堤防より厳しく、本性を御することは暴走する馬に乗る腐った手綱を扱うよりも慎重である。だから内には長寿を保ち、外には禍の累いを免れる。飢えと寒さは堪え難いものだが、清節の者は不義の穀物や布を受けない。貧しく賤しい境遇は居づらいものだが、高尚な者は危うい乱世の栄誉や富貴に身を置かない。計算が立てば耐える心が全うされ、道が勝てば本性を害する事柄は捨てられる。
解説
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