学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・元禄年中は義気の花盛り
或る人いわく、「かくのごとく人民不実の悪例のみを挙ぐれば際限もなきことなれども、悉皆然るにもあらず。わが日本は義の国にて、古来義士の身を棄てて君のためにしたる例ははなはだ多し」と。答えていわく、「まことに然り、古来義士なきにあらず、ただその数少なくして算当に合わぬなり。元禄年中は義気の花盛りとも言うべき時代なり。この時に赤穂七万石の内に義士四十七名あり。七万石の領分におよそ七万の人口あるべし。七万の内に四十七あれば、七百万の内には四千七百あるべし。物換わり星移り、人情はしだいに薄く、義気も落花の時節となりたるは、世人の常に言うところにて相違もあらず。ゆえに元禄年中より人の義気に三割を減じて七掛けにすれば、七百万につき三千二百九十の割合なり。今、日本の人口を三千万となし義士の数は一万四千百人なるべし。この人数にて日本国を保護するに足るべきや。三歳の童子にも勘定はできることならん」
書き下し
或る人いわく、「かくのごとく人民不実の悪例のみを挙ぐれば際限もなきことなれども、悉皆然るにもあらず。わが日本は義の国にて、古来義士の身を棄てて君のためにしたる例ははなはだ多し」と。答えていわく、「まことに然り、古来義士なきにあらず、ただその数少なくして算当に合わぬなり。元禄年中は義気の花盛りとも言うべき時代なり。この時に赤穂七万石の内に義士四十七名あり。七万石の領分におよそ七万の人口あるべし。七万の内に四十七あれば、七百万の内には四千七百あるべし。物換わり星移り、人情はしだいに薄く、義気も落花の時節となりたるは、世人の常に言うところにて相違もあらず。ゆえに元禄年中より人の義気に三割を減じて七掛けにすれば、七百万につき三千二百九十の割合なり。今、日本の人口を三千万となし義士の数は一万四千百人なるべし。この人数にて日本国を保護するに足るべきや。三歳の童子にも勘定はできることならん」
現代語訳
ある人は言います。このように人民の不誠実な悪い例ばかり挙げれば際限もないが、全部がそうでもない。わが日本は義の国で、古来義士が身を捨てて君のためにした例は非常に多い、と。答えて言います。まことにその通り、古来義士がいないのではない、ただその数が少なくて計算に合わないのです。元禄年間は義気の花盛りとも言うべき時代です。このとき赤穂七万石のうちに義士が四十七名いました。七万石の領分にはおよそ七万の人口があるでしょう。七万のうちに四十七いれば、七百万のうちには四千七百いるはずです。時は移り人情は次第に薄れ、義気も散る花の時節となったのは世の人が常に言うところで間違いもありません。ですから元禄年間より人の義気を三割減らして七掛けにすれば、七百万につき三千二百九十の割合です。今、日本の人口を三千万とすれば義士の数は一万四千百人になるはずです。この人数で日本国を守るのに足りるでしょうか。三歳の子供にも計算はできることでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・運上を払うて政府の保護を買う人民はすでに一国の家元にて、国を護るための入用を払うはもとよりその職分なれば、この入用を出だすにつきけっして不平の顔色を見わすべからず。国を護るためには役人の給料なかるべからず、海陸の軍費なかるべからず、裁判所の入用もあり、地方官の入用もあり、その高を集めてこれを見れば大金のように思わるれども、一人前の頭に割り付けてなにほどなるや。日本にて歳入の高を全国の人口に割り付けなば、一人前に一円か二円なるべし。一年の間にわずか一、二円の金を払うて政府の保護を被り、夜盗押込みの患いもなく、ひとり旅行に山賊の恐れもなくして、安穏にこの世を渡るは大なる便利ならずや。およそ世の中に割合よき商売ありといえども、運上を払うて政府の保護を買うほど安きものはなかるべし。
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