墨子 / 備城門
守法:五十步丈夫十人,丁女二十人,老小十人,計之五十步四百人。城下樓本,率一步一人,二十步二十人。城小大以此率之,乃足以守圍。宕馮面而蛾傳之,主人則先之知,主人利,客適。客攻以遂,十萬物之衆,攻無過四隊者,上術廣五百步,中術三百步,下術五十步。諸不盡百五步者,主人利而客病。廣五百步之隊,丈夫千人,丁女子二千人,老小千人,凡千人,而足以應之,此守術之數也。
新字:守法:五十歩丈夫十人,丁女二十人,老小十人,計之五十歩四百人。城下楼本,率一歩一人,二十歩二十人。城小大以此率之,乃足以守囲。宕馮面而蛾伝之,主人則先之知,主人利,客適。客攻以遂,十万物之衆,攻無過四隊者,上術広五百歩,中術三百歩,下術五十歩。諸不尽百五歩者,主人利而客病。広五百歩之隊,丈夫千人,丁女子二千人,老小千人,凡千人,而足以応之,此守術之数也。
書き下し
守法。五十步に丈夫十人、丁女二十人、老小十人。之を計るに五十步に四百人。城下の樓本、率ね一步に一人、二十步に二十人。城の小大、此を以て之を率し、乃ち以て圍を守るに足る。宕馮、面して之に蛾傳せんに、主人は則ち先ず之を知る。主人、利し、客、適す。客、攻むるに遂を以てし、十萬の衆にして、攻むること四隊に過ぐる無し。上術は廣さ五百步、中術は三百步、下術は五十步。諸そ百五步を盡くさざる者は、主人、利して客、病む。廣さ五百步の隊は、丈夫千人、丁女子二千人、老小千人、凡そ千人にして、以て之に應ずるに足る。此れ守術の數なり。
現代語訳
守りの法。五十歩につき成人男子十人、成人女子二十人、老人と子ども十人。数えれば五十歩で四百人になる。城下の楼の根元には、おおむね一歩に一人、二十歩で二十人。城の大小はこの割合で計算すれば、囲みを守るのに足りる。敵が正面から蟻のように取りつこうとしても、守る側は先にそれを知る。守る側が有利で、攻める側は苦しい。敵が総攻めをかけても、十万の大軍で攻め口は四隊を超えない。大きな攻め口は幅五百歩、中は三百歩、小は五十歩。百五歩に満たない攻め口では、守る側が有利で攻める側が苦しむ。幅五百歩の攻め口には、成人男子千人、成人女子二千人、老人と子ども千人で応じるに足りる。これが守りの人数の計算である。
解説
この章句が説くこと
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