抱朴子外篇 / 行品
睹朱紫而不分,雖提耳而不悟者,蔽人也。違道義以趑趄,冒禮刑而罔顧者,亂人也。每動作而受嗤,言發口而違理者,拙人也。事酋豪如仆虜,值衰微而背惠者,慝人也。捐貧賤之故舊,輕人士而踞傲者,驕人也。棄衰色而廣欲,非宦學而遠遊者,蕩人也。無忠信之純固,背恩養而趨利者,叛人也。當交顏而面從,至析離而背毀者,偽人也。習強梁而專己,距忠告而不納者,刺人也。」
新字:睹朱紫而不分,雖提耳而不悟者,蔽人也。違道義以趑趄,冒礼刑而罔顧者,乱人也。毎動作而受嗤,言発口而違理者,拙人也。事酋豪如仆虜,値衰微而背恵者,慝人也。捐貧賤之故旧,軽人士而踞傲者,驕人也。棄衰色而広欲,非宦学而遠遊者,蕩人也。無忠信之純固,背恩養而趨利者,叛人也。当交顔而面従,至析離而背毀者,偽人也。習強梁而専己,距忠告而不納者,刺人也。」
書き下し
朱紫を睹て分かたず、耳を提ぐと雖も悟らざる者は、蔽人なり。道義に違いて趑趄し、礼刑を冒して顧みる罔き者は、乱人なり。動作する毎に嗤いを受け、言口より発して理に違う者は、拙人なり。酋豪に事うること僕虜の如く、衰微に値いて恵に背く者は、慝人なり。貧賤の故旧を捐て、人士を軽んじて踞傲する者は、驕人なり。衰色を棄てて欲を広げ、宦学に非ずして遠遊する者は、蕩人なり。忠信の純固無く、恩養に背きて利に趨る者は、叛人なり。顔を交うるに当たりて面従し、析離に至りて背毀する者は、偽人なり。強梁を習いて己を専らにし、忠告を距みて納れざる者は、刺人なり」と。
現代語訳
朱と紫のような近い色を見ても区別できず、耳を引っ張って教えても悟らない者、これが蔽人である。道義に背いてためらい、礼や刑を冒して顧みない者、これが乱人である。動作のたびに笑われ、口から出る言葉が道理に違う者、これが拙人である。豪族の首領に仕えるときは奴隷のようにへつらい、相手が衰えると恩に背く者、これが慝人である。貧しく身分の低い旧友を捨て、人士を軽んじてふんぞり返る者、これが驕人である。年老いた妻を捨てて欲を広げ、仕官や学問でもないのに遠くを遊び歩く者、これが蕩人である。忠信の純粋で堅固なところがなく、恩や養いに背いて利に走る者、これが叛人である。顔を合わせる場では面従し、離れると陰で悪く言う者、これが偽人である。強情を習い性として独断し、忠告を拒んで受け入れない者、これが刺人である。
解説
この章句が説くこと
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