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抱朴子外篇 / 審舉

兵興之世,武貴文寢,俗人視儒士如仆虜,見經誥如芥壤者,何哉?由於聲名背乎此也。夫不用譬猶售章甫於夷越,徇髯蛇於華夏矣。今若遐邇一例,明考課試,則必多負笈千里,以尋師友,轉其禮賂之費,以買記籍者,不俟終日矣。」抱朴子曰:才學之士堪秀孝者,已不可多得矣。就令其人若桓靈之世,舉吏不先以財貨,便安臺閣主者,則雖諸經兼本解,於問無不對,猶見誣枉,使不得過矣。常追恨於時執事,不重為之防。

新字:兵興之世,武貴文寝,俗人視儒士如仆虜,見経誥如芥壤者,何哉?由於声名背乎此也。夫不用譬猶售章甫於夷越,徇髯蛇於華夏矣。今若遐邇一例,明考課試,則必多負笈千里,以尋師友,転其礼賂之費,以買記籍者,不俟終日矣。」抱朴子曰:才学之士堪秀孝者,已不可多得矣。就令其人若桓霊之世,舉吏不先以財貨,便安台閣主者,則雖諸経兼本解,於問無不対,猶見誣枉,使不得過矣。常追恨於時執事,不重為之防。

書き下し

兵興るの世、武貴く文寝み、俗人の儒士を視ること仆虜の如く、経誥を見ること芥壌の如き者は、何ぞや。声名の此に背くに由る。夫れ用いざるは、譬えば猶お章甫を夷越に售り、髯蛇を華夏に徇うがごとし。今若し遐邇一例にして、考課を明らかにし試みれば、則ち必ず多く笈を負うて千里、以て師友を尋ね、其の礼賂の費を転じて、以て記籍を買う者、終日を俟たざらん」と。抱朴子曰く、「才学の士の秀孝に堪うる者は、已に多く得可からず。就令其の人桓・霊の世の若く、吏を挙ぐるに財貨を先にせず、便ち台閣の主者に安んずれば、則ち諸経本解を兼ぬ、問に対えて答えざる無しと雖も、猶お誣枉せられて過ぐるを得ざらしめん。常に時の執事の、重ねて之が防を為さざるを追恨す。

現代語訳

戦乱の世には、武が貴ばれ文が廃れ、俗人が儒者を召使や捕虜のように見なし、経書を塵芥のように見るのはなぜか。評判が学問に背いているからである。用いないというのは、礼冠の章甫を夷や越の国で売り、髯のある大蛇を中華で見せ回すようなものだ。いま遠近を一律にして、考課を明らかにして試験すれば、必ず多くの者が笈を背負って千里を行き、師友を尋ね、賄賂に使う費用を書物の購入に転じる者が、一日も待たずに現れるだろう」と。抱朴子は言う。「才学があって秀才・孝廉にふさわしい者は、もともと多くは得られない。たとえその人が桓帝・霊帝の世のように、役人を推挙するのに財貨を先にせず、台閣の主管者に安んじて任せたなら、諸経の本義や注解を兼ね備え、問われて答えられないことがなくても、やはり誣告や曲げられて通ることはできない。常に当時の執事が、重ねてこれに対する防ぎをしなかったことを悔やんで恨んでいる。

解説

「夫れ用いざるは、譬えば猶お章甫を夷越に售るがごとし」。評価されない場では、学問の価値は認められない、という指摘です。学問が尊重されるかどうかは、制度が報いるかどうかで決まる、という考えがここにあります。同じ考えから、考課を明確にして試験を行えば、人は自然と学ぶようになる、と述べます。現代でも、専門性や学習を評価する仕組みがなければ、社員は学ばなくなります。研修を用意するより先に、学びが報われる評価制度があるかを問う視点を与えます。

この章句が説くこと

章甫を夷越に售り考課を明らかにし試みれば声名の此に背くに由る多く笈を負うて千里評価学習

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