論語 / 述而篇
子與人歌而善,必使反之,而後和之。
新字:子与人歌而善,必使反之,而後和之。
書き下し
子、人と歌いて善ければ、必ず之を反さしめて、而る後に之に和す。
現代語訳
先生は人と歌をうたって、その人の歌が見事だったときには、必ずもう一度うたわせ、そのうえで唱和された。
解説
孔子の学び方が、動作として記録されている。良いと思ったらもう一度やってもらい、それから自分も一緒にうたう。褒めて終わらせず、繰り返させ、自分も加わる。この三段が全部入っているところが大事である。人の優れた点に出会ったとき、多くの人は感心して終わる。感心は消費であって、学習ではない。孔子はもう一度聞くことで観察の解像度を上げ、唱和することで自分の身体に通した。仕事でも同じ手順が使える。優れたやり方を見たら、もう一度やってもらう。説明ではなく再演を頼む。そのうえで自分も並んでやってみる。褒めるだけの人は何も持ち帰らないが、この手順を踏む人は、他人の技能を自分の中に移していく。学びは、感心の量ではなく反復の回数で決まる。
この章句が説くこと
学習模倣反復音楽吸収
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