論語 / 述而篇
子與人歌而善,必使反之,而後和之。
新字:子与人歌而善,必使反之,而後和之。
書き下し
子、人と歌いて善ければ、必ず之を反さしめて、而る後に之に和す。
現代語訳
先生は人と一緒に歌って、(その人の歌が)よければ、必ずもう一度歌わせ、そのあとで声を合わせて歌われた。
解説
孔子の学び方が、動作として記録されている。良いと思ったらもう一度やってもらい、それから自分も一緒にうたう。褒めて終わらせず、繰り返させ、自分も加わる。この三段が全部入っているところが大事である。人の優れた点に出会ったとき、多くの人は感心して終わる。感心は消費であって、学習ではない。孔子はもう一度聞くことで観察の解像度を上げ、唱和することで自分の身体に通した。仕事でも同じ手順が使える。優れたやり方を見たら、もう一度やってもらう。説明ではなく再演を頼む。そのうえで自分も並んでやってみる。褒めるだけの人は何も持ち帰らないが、この手順を踏む人は、他人の技能を自分の中に移していく。学びは、感心の量ではなく反復の回数で決まる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『呻吟語』外篇・治道・何ぞ其れ定靜なる官多く設けて數しば易へ、事多く議して屢しば更むれば、生民の殃ひ未だ極まる所を知らず。古人は慎みて人を擇びて久しく任じ、慎みて政を立てて久しく行ふ。一年も是の如く、百千年も亦た是の如し。代を易へずんば政を改めず、事を弊せずんば法を更めず。故に百官の法守は一にして、敢へて聰明を作して擅に更張せず。百姓の耳目は一にして、聽聞を亂して以て政令に乖くに至らず。日に漸み月に漬りて、上の紀綱法度に遵ひて以て其の身を淑くせざる莫く、上の政教號令に習ひて以て其の俗を成さざる莫し。之を寒暑の易はらずして、興作する者歲歲循る持する有るに譬ふ。道路の易はらずして、往來する者年年遠近を知るなり。何ぞ其れ定靜なる。何ぞ其れ經常なる。何ぞ其れ相ひ安んずる。何ぞ其れ行ひ易き。何ぞ其れ勞費を省く。
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史記 楽書物に感じて動く、故に声に形はる。声相応ず、故に変を生ず。変じて方を成す、之を音と謂ふ。音を比べて之を楽しみ、干戚羽旄に及ぶ、之を楽と謂ふなり。楽とは、音の由りて生ずる所なり、其の本は人心の物に感ずるに在るなり。是の故に其の哀心感ずる者は、其の声嚼にして以て殺ぐ。其の楽心感ずる者は、其の声嘽にして以て緩し。其の喜心感ずる者は、其の声発して以て散ず。其の怒心感ずる者は、其の声麤にして以て厲し。其の敬心感ずる者は、其の声直にして以て廉なり。其の愛心感ずる者は、其の声和にして以て柔らかなり。六者は性に非ざるなり、物に感じて後に動く、是の故に先王は之を感ぜしむる所以を慎む。故に礼は以て其の志を導き、楽は以て其の声を和し、政は以て其の行ひを壱にし、刑は以て其の姦を防ぐ。礼楽刑政、其の極は一なり、民心を同じくして治道を出だす所以なり。凡そ音とは、人心に生ずる者なり。情中に動く、故に声に形はる、声文を成す、之を音と謂ふ。是の故に治世の音は安らかにして以て楽しむ、其の政和すればなり。乱世の音は怨みて以て怒る、其の政乖けばなり。亡国の音は哀しみて以て思ふ、其の民困しめばなり。声音の道は、政と通ず。宮を君と為し、商を臣と為し、角を民と為し、徴を事と為し、羽を物と為す。五者乱れざれば、則ち惉懘の音無し。宮乱るれば則ち荒む、其の君驕ればなり。商乱るれば則ち搥る、其の臣壊るればなり。角乱るれば則ち憂ふ、其の民怨めばなり。徴乱るれば則ち哀しむ、其の事勤しめばなり。羽乱るれば則ち危ふし、其の財匱しければなり。五者皆乱れ、迭ひに相陵ぐ、之を慢と謂ふ。此くの如くなれば則ち国の滅亡日無し。鄭衛の音は、乱世の音なり、慢に比し。桑間濮上の音は、亡国の音なり、其の政散じ、其の民流れ、上を誣ひ私を行ひて止むべからず。凡そ音とは、人心に生ずる者なり。楽とは、倫理に通ずる者なり。是の故に声を知りて音を知らざる者は、禽獣是れなり。音を知りて楽を知らざる者は、衆庶是れなり。
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史記 楽書先王其の乱を悪む、故に雅頌の声を制して以て之を道き、其の声をして以て楽しみて流れざるに足らしめ、其の文をして以て綸して息まざるに足らしめ、其の曲直繁省廉肉節奏をして、以て人の善心を感動せしむるに足らしむるのみ、放心邪気をして接するを得しめず、是れ先王の楽を立つるの方なり。是の故に楽は宗廟の中に在りて、君臣上下同じく之を聴けば、則ち和敬せざる莫し。族長郷里の中に在りて、長幼同じく之を聴けば、則ち和順せざる莫し。閨門の内に在りて、父子兄弟同じく之を聴けば、則ち和親せざる莫し。故に楽は、一を審らかにして以て和を定め、物を比べて以て節を飾り、節奏合して以て文を成す、父子君臣を合和し、万民を附親する所以なり、是れ先王の楽を立つるの方なり。故に其の雅頌の声を聴けば、志意広きを得。其の干戚を執り、其の俯仰詘信を習へば、容貌荘なるを得。其の綴兆を行ひ、其の節奏に要すれば、行列正しきを得、進退斉しきを得。故に楽は天地の斉、中和の紀、人情の免るる能はざる所なり。夫れ楽は、先王の喜びを飾る所以なり。軍旅鈇鉞は、先王の怒りを飾る所以なり。故に先王の喜怒は皆其の斉を得。喜べば則ち天下之に和し、怒れば則ち暴乱の者之を畏る。先王の道、礼楽盛んなりと謂ふべし。魏の文侯、子夏に問ひて曰く、「吾、端冕して古楽を聴けば則ち唯臥せんことを恐れ、鄭衛の音を聴けば則ち倦むを知らず。敢へて問ふ、古楽の彼の如きは何ぞや。新楽の此の如きは何ぞや」と。子夏答へて曰く、「今夫れ古楽は、進旅退旅し、和正にして以て広く、弦匏笙簧、拊鼓に合守し、始め奏するに文を以てし、乱を止むるに武を以てし、乱を治むるに相を以てし、疾きを訊むるに雅を以てす。君子是に於いて語り、是に於いて古を道ひ、身を修めて家に及び、天下を平均す。此れ古楽の発なり。
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