抱朴子外篇 / 審舉
「又,諸居職,其犯公坐者,以法律從事;其以貪濁贓汙為罪,不足死者,刑竟及遇赦,皆宜禁錮終身,輕者二十年。如此,不廉之吏,必將化為夷齊矣。若臨官受取,金錢山積,發覺則自恤得了,免退則旬日復用者,曾史亦將變為盜跖矣。如此,則雖貢士皆中,不辭於官長之不良。」或曰:「能言不必能行,今試經對策雖過,豈必有政事之才乎?」
新字:「又,諸居職,其犯公坐者,以法律従事;其以貪濁贓汚為罪,不足死者,刑竟及遇赦,皆宜禁錮終身,軽者二十年。如此,不廉之吏,必将化為夷斉矣。若臨官受取,金銭山積,発覚則自恤得了,免退則旬日復用者,曽史亦将変為盗跖矣。如此,則雖貢士皆中,不辞於官長之不良。」或曰:「能言不必能行,今試経対策雖過,豈必有政事之才乎?」
書き下し
「又、諸もろの職に居る者、其の公坐を犯さば、法律を以て事に従う。其の貪濁贓汚を以て罪と為し、死に足らざる者は、刑竟り及び赦に遇うも、皆な宜しく終身禁錮すべし、軽き者は二十年。此の如くんば、不廉の吏、必ず将に化して夷・斉と為らんとす。若し官に臨みて受取し、金銭山積し、発覚すれば則ち自ら恤えて了るを得、免退すれば則ち旬日にして復た用いらる者ならば、曽・史も亦た将に変じて盗跖と為らんとす。此の如くんば、則ち貢士皆な中ると雖も、官長の良からざるを辞せず」と。或るひと曰く、「能く言う者は必ずしも能く行わず。今試みに経を以て策に対し過ぐると雖も、豈に必ず政事の才有らんや」と。
現代語訳
「また、諸々の官職にある者が、公務上の過失を犯したなら、法律に従って処理する。貪欲で汚れた収賄を罪とされ、死罪にあたらない者は、刑期を終えたり恩赦に遇ったりしても、すべて終身の禁錮とするべきで、軽い者でも二十年とする。こうすれば、不廉潔な役人も、必ず伯夷・叔斉のように変わるだろう。もし官に就いて賄賂を受け、金銭が山と積まれ、発覚しても自分で取り繕えば済み、罷免されても十日で再び登用される者がいるなら、曽参・史魚も盗跖に変わってしまう。そうなれば、推挙された士がみな合格しても、長官が良くないことの弁解にはならない」と。ある人が言う。「よく言う者は必ずしも行いが伴わない。いま試みに経書で策問に答えて合格しても、どうして政事の才があるとは限らない」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』文公十八年 莒僕を逐う莒の紀公、大子僕を生み、又季佗を生む。季佗を愛して僕を黜け、且つ多く無禮を國に行ふ。僕國人に因りて以って紀公を弒し、其の寶玉を以って來奔し、諸を宣公に納る。公命じて之に邑を與へしめて曰く、「今日必ず授けよ」と。季文子司寇をして諸を竟に出ださしめて曰く、「今日必ず達せよ」と。公其の故を問ふ。季文子大史克をして對へしめて曰く、「先大夫臧文仲、行父に君に事ふるの禮を教ふ。行父奉じて以って周旋し、敢へて失隊せず。曰く、『其の君に禮有る者を見ては之に事ふること、孝子の父母を養ふが如くせよ。其の君に禮無き者を見ては之を誅すること、鷹鸇(ようせん)の鳥雀を逐ふが如くせよ』と。先君周公周禮を制して曰く、『則は以って德を觀、德は以って事に處し、事は以って功を度り、功は以って民に食(し)ましむ』と。誓命を作りて曰く、『則を毀つを賊と為し、賊を掩ふを藏と為し、賄を竊むを盜と為し、器を盜むを姦と為す。藏の名を主とし、姦の用に賴るは、大凶德為り、常有りて赦す無く、九刑に在りて忘れず』と。行父還(めぐ)りて莒僕を觀るに、則とす可き莫きなり。孝敬忠信を吉德と為し、盜賊藏姦を凶德と為す。夫れ莒僕、則ち其の孝敬は、則ち君父を弒せり。則ち其の忠信は、則ち寶玉を竊めり。其の人は、則ち盜賊なり。其の器は、則ち姦兆なり。保ちて之を利とすれば、則ち藏を主とするなり。以って訓ふれば則ち昏く、民則とする無し。善に度らずして、皆凶德に在り、是を以って之を去る。
-
『春秋左氏伝』昭公二十一年 干犨、死を請う城之を射て、殪(たふ)す。張匄殳を抽きて下る。之を射て、股を折る。扶伏して之を擊ち、軫を折る。又之を射て、死す。干犨一矢を請ふ。城曰く、「余汝を君に言はん」と。對へて曰く、「伍乘に死せざるは、軍の大刑なり。刑を干して子に從ふとも、君焉んぞ之を用ゐん。子速やかにせよ」と。乃ち之を射て、殪す。大いに華氏を敗り、諸を南里に圍む。華亥膺を搏ちて呼び、華貙に見えて曰く、「吾欒氏と為れり」と。貙曰く、「子我を迋(おど)す無かれ。不幸にして後に亡げん」と。華登をして楚に如きて師を乞はしむ。華貙車十五乘・徒七十人を以って、師を犯して出で、睢上に食し、哭して之を送り、乃ち復た入る。楚の薳越師を帥ゐて、將に華氏を逆へんとす。大宰犯諫めて曰く、「諸侯唯だ宋のみ其の君に事ふ。今又國を爭ふ。君を釋てて臣を是れ助くるは、乃ち不可なる無からんや」と。王曰く、「而(なんぢ)我に告ぐるや、後れたり。既に之を許せり」と。
-
『武士道』第一章 武士道の倫理系・喧嘩なら堂々とやれかくて彼等は多大の名誉と特権との寵遇を受くると共に、又た多大の責任あるを自覚し、乃ち各自の態度行為を律すべき規準法度を要とするに至れり。いわんや彼等の干戈を交へ、矢石の間に見ゆるを常とせしより、其要を感ずること、更に深甚なるものありしをや。たとへば医士が其徳義たる医戒を守りて、競争に制限を置き、状師もし同業の徳義を破らんか、自から名誉の法廷に被告たらざるべからざるが如く、武士にして、もし悖徳不義の行跡を敢てするものあらば、之に対して必ずや最後の制裁を下すべき権能を欠くべからざるものなりとしたり。喧嘩なら堂々とやれ。此の蛮野幼稚なる原始的観念の裡、大に壮剛なる道義の萌芽を含み、且つ凡て文徳武徳の根帯を成すものにあらざるなきか。
-
『呻吟語』内篇・修身・兩條の路のみ君子の持循する所は、只だ兩條の路有るのみ。先聖の成規に非ざれば、則ち時王の定制なり。此の外は悉く邪なり、俗なり。君子は由らず。
-
『呻吟語』内篇・修身・微端の開く可からず禮義の大防は、眾人一念の苟に壞る。譬へば徑に由るの人の如し。只だ一時の倦みの為に行くこと幾步、便ち平地に一條の蹊徑を踏み破る。後來の人舊跡を跟尋し、踵ぎて塞ぐ可からざるの大道と成る。是を以て君子は眾人の驚く所の事に當たりても略ぼ動容せず、才かに禮義上に些須を干礙すれば、便ち愕然として色を變ずること、大刑憲に觸るるが若くす。大防の潰す可からずして、微端の開く可からざるを懼るればなり。
-
『呻吟語』内篇・談道・禮の世に於けるや大なる哉禮教大いに明らかなれば、中に禮を犯す者一人有らば、則ち眾以て肆なりと為して容るる所無し。禮教明らかならざれば、中に禮を守る者一人有らば、則ち眾以て怪なりと為して容るる所無し。禮の世に於けるや大なる哉。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る