呻吟語 / 内篇・談道・禮の世に於けるや大なる哉
禮教大明,中有犯禮者一人焉,則眾以為肆而無所容;禮教不明,中有守禮者一人焉,則眾以為怪而無所容。禮之於世大矣哉!
新字:礼教大明,中有犯礼者一人焉,則衆以為肆而無所容;礼教不明,中有守礼者一人焉,則衆以為怪而無所容。礼之於世大矣哉!
書き下し
禮教大いに明らかなれば、中に禮を犯す者一人有らば、則ち眾以て肆なりと為して容るる所無し。禮教明らかならざれば、中に禮を守る者一人有らば、則ち眾以て怪なりと為して容るる所無し。禮の世に於けるや大なる哉。
現代語訳
礼の教えが行き渡っていれば、その中に礼を破る者が一人いれば、皆はそれを勝手だとして受け入れません。礼の教えが行き渡っていなければ、その中に礼を守る者が一人いれば、皆はそれを変わり者だとして受け入れません。礼が世に与える力は大きいものです。
解説
同じ一人の振る舞いが、周りの水準しだいで浮いたり沈んだりする様子を、左右対称に描きます。恐ろしいのは後半で、礼が崩れた場では、正しく振る舞う人のほうが排除されるという指摘です。個人の努力だけでは持ちこたえられない領域があり、だから場の水準を保つことが大事だという結論につながります。個人の徳だけでなく、場の水準を保つ責任を説いています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
礼規範同調排除場
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史記 礼書太史公曰く、洋洋たる美徳かな。万物を宰制し、群衆を役使す、豈に人力ならんや。余、大行の礼官に至り、三代の損益を観て、乃ち人情に縁りて礼を制し、人性に依りて儀を作るを知る、其の由りて来たる所尚し。人道は経緯万端、規矩貫かざる所無し。誘ひ進むるに仁義を以てし、束縛するに刑罰を以てす、故に徳厚き者は位尊く、禄重き者は寵栄あり、海内を総一して万民を整斉する所以なり。人体は駕乗に安んず、之が為に金輿錯衡を為りて以て其の飾りを繁くす。目は五色を好む、之が為に黼黻文章を為りて以て其の能を表す。耳は鐘磬を楽しむ、之が為に八音を調諧して以て其の心を蕩かす。口は五味を甘しとす、之が為に庶羞酸鹹を為りて以て其の美を致す。情は珍善を好む、之が為に圭璧を琢磨して以て其の意を通ず。故に大路に越席し、皮弁布裳、朱弦洞越、大羹玄酒は、其の淫侈を防ぎ、其の彫敝を救ふ所以なり。是を以て君臣朝廷尊卑貴賤の序より、下は黎庶の車輿衣服宮室飲食嫁娶喪祭の分に及ぶまで、事に宜適有り、物に節文有り。仲尼曰く、「褅は既に灌してより往は、吾之を観るを欲せず」と。周衰へ、礼廃れ楽壊れ、大小相踰え、管仲の家は三帰を兼備す。法に循ひ正を守る者は世に侮られ、奢溢僭差する者は之を顕栄と謂ふ。子夏は門人の高弟なるより、猶云ふ、「出でては紛華盛麗を見て説び、入りては夫子の道を聞きて楽しむ、二者心に戦ひて、未だ自ら決する能はず」と。而るを況んや中庸以下の、失教に漸漬し、成俗に被服する者をや。孔子曰く「必ずや名を正さんか」と、衛に於いて居る所合はず。仲尼没して後、受業の徒沈湮して挙がらず、或いは斉・楚に適き、或いは河海に入る、豈に痛ましからずや。
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『晏子春秋』諫下・景公登射思得勇力士與之圖國晏子諫景公登りて射、晏子礼を修めて侍す。公曰く、「選射の礼、寡人之に厭けり。吾天下の勇士を得て之と国を図らんと欲す」と。晏子対えて曰く、「君子礼無ければ、是れ庶人なり。庶人礼無ければ、是れ禽獣なり。夫れ臣の勇多ければ則ち其の君を弑し、子の力多ければ則ち其の長を弑す、然り而して敢えてせざる者は、維れ礼の謂なり。礼とは、民を禦する所以なり。轡とは、馬を御する所以なり。礼無くして能く国家を治むる者は、嬰未だ之を聞かざるなり」と。景公曰く、「善し」と。乃ち射を飭え、席を更めて以て上客と為し、終日礼を問う。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一言行をわかてば、人の身のわざ四となる。視聴言動なり。此四のわざに、皆なすべき所の定れる法あり、是を礼といふ。礼にしたがひて、視聴言動をなすべし。四の事のなすまじき事をなすは、非礼なり。礼は、たとへば工のすみかねの如し。すみかねを用ひざれば、材木あれども用にたたず。礼を用ひざれば、視聴言動皆道にかなはず。およそ人の人たる所は礼なり。礼なければ、禽獣にちかし。故に礼は身ををさめ、道を行ふ則なり。君子は常に礼を守り行ふ。小人はつねに礼にそむく。是君子と小人のわかるる所なり。
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『春秋左氏伝』文公十八年 莒僕を逐う莒の紀公、大子僕を生み、又季佗を生む。季佗を愛して僕を黜け、且つ多く無禮を國に行ふ。僕國人に因りて以って紀公を弒し、其の寶玉を以って來奔し、諸を宣公に納る。公命じて之に邑を與へしめて曰く、「今日必ず授けよ」と。季文子司寇をして諸を竟に出ださしめて曰く、「今日必ず達せよ」と。公其の故を問ふ。季文子大史克をして對へしめて曰く、「先大夫臧文仲、行父に君に事ふるの禮を教ふ。行父奉じて以って周旋し、敢へて失隊せず。曰く、『其の君に禮有る者を見ては之に事ふること、孝子の父母を養ふが如くせよ。其の君に禮無き者を見ては之を誅すること、鷹鸇(ようせん)の鳥雀を逐ふが如くせよ』と。先君周公周禮を制して曰く、『則は以って德を觀、德は以って事に處し、事は以って功を度り、功は以って民に食(し)ましむ』と。誓命を作りて曰く、『則を毀つを賊と為し、賊を掩ふを藏と為し、賄を竊むを盜と為し、器を盜むを姦と為す。藏の名を主とし、姦の用に賴るは、大凶德為り、常有りて赦す無く、九刑に在りて忘れず』と。行父還(めぐ)りて莒僕を觀るに、則とす可き莫きなり。孝敬忠信を吉德と為し、盜賊藏姦を凶德と為す。夫れ莒僕、則ち其の孝敬は、則ち君父を弒せり。則ち其の忠信は、則ち寶玉を竊めり。其の人は、則ち盜賊なり。其の器は、則ち姦兆なり。保ちて之を利とすれば、則ち藏を主とするなり。以って訓ふれば則ち昏く、民則とする無し。善に度らずして、皆凶德に在り、是を以って之を去る。
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『弁道』第六則後儒多く学者に強ふるに、高妙精微、凡人の為す能はざる所の者を以てし、而して聖人是を以て極を立つと曰ふ。妄なるかな。先王の極を立つとは、礼を謂ふなり。漢儒極を訓じて中と為す。礼は中を教ふる所以なり。又た中庸の書を解して、子思礼の意を説くと謂ふ。其の説未だ当たらずと雖も、之を要するに古を去ること未だ遠からず、師弟の伝授する所、古義猶ほ存する者のみ。蓋し先王の礼を制するや、賢者は俯して之に就き、不肖者は企てて之に及ぶ。是れ所謂極なり。是れ凡人の能く為す所の者なり。爾らずして、務めて凡人の為す能はざる所の者を以て之を強ふるは、是れ天下の人をして善に絶望せしむるなり。豈に先王の天下を安んずるの道ならんや。故に所謂事理当然の極、及び気質を変化し、学びて聖人と為るの類は、皆先王孔子の教への旧に非ず。近世伊氏能く其の是に非ざるを知る。而るに廼ち孝弟仁義を以て規矩準縄と謂為す。果たして是くの若きか、則ち人人自ら其の意を以て孝弟仁義と為すなり。亦た何の準とする所あらんや。寸無きの尺、星無きの称と謂ふべきのみ。
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『弁名』義義も亦た先王の立つる所、道の名なり。蓋し先王の礼を立つる、其の教為ること亦た周きかな。然れども礼は一定の体有りて、天下の事は窮まり無し。故に又義を立つ。伝に曰く、「詩書は義の府なり。礼楽は之が則なり」と。礼楽は相須ち、楽は未だ礼を離れて孤行する者有らず。故に曰く、「礼義なる者は人の大端なり」と。礼は以て心を制し、義は以て事を制す。礼は以て常を守り、義は以て変に応ず。此の二者を挙ぐれば、先王の道以て之を尽くすに庶し。故に古は多く礼義を以て対言す。是が為の故なり。