抱朴子外篇 / 審舉
於是曾閔獲商臣之謗,孔墨蒙盜跖之垢。懷正居貞者,填笮乎泥濘之中,而狡猾巧偽者,軒翥乎虹霓之際矣。而凡夫淺識,不辯邪正,謂守道者為陸沈,以履徑者為知變。俗之隨風而動,逐波而流者,安能復身於德行,苦思於學問哉!是莫不棄檢括之勞,而赴用賂之速矣。斯誠有漢之所以傾,來代之所宜深鑒也。或曰:「吾子論漢末貢舉之事,誠得其病也。今必欲戒既往之失,避傾車之路,改有代之弦調,防法玩之或變,令濮上《巴人》,反安樂之正音,腠理之疾,無退走之滯患者,豈有方乎?士有風姿豐偉,雅望有余,而懷空抱虛,幹植不足,以貌取之,則不必得賢,徐徐先試,則不可倉卒。將如之何?」
新字:於是曽閔獲商臣之謗,孔墨蒙盗跖之垢。懐正居貞者,填笮乎泥濘之中,而狡猾巧偽者,軒翥乎虹霓之際矣。而凡夫浅識,不弁邪正,謂守道者為陸沈,以履径者為知変。俗之随風而動,逐波而流者,安能復身於徳行,苦思於学問哉!是莫不棄検括之労,而赴用賂之速矣。斯誠有漢之所以傾,来代之所宜深鑒也。或曰:「吾子論漢末貢舉之事,誠得其病也。今必欲戒既往之失,避傾車之路,改有代之弦調,防法玩之或変,令濮上《巴人》,反安楽之正音,腠理之疾,無退走之滞患者,豈有方乎?士有風姿豊偉,雅望有余,而懐空抱虚,幹植不足,以貌取之,則不必得賢,徐徐先試,則不可倉卒。将如之何?」
書き下し
是に於いて曽・閔は商臣の謗りを獲、孔・墨は盗跖の垢を蒙る。正を懐き貞に居る者は、泥濘の中に填笮せられ、而して狡猾巧偽の者は、虹霓の際に軒翥す。而して凡夫浅識は、邪正を弁ぜず、道を守る者を陸沈と謂い、径を履む者を変を知ると為す。俗の風に随いて動き、波を逐いて流るる者、安んぞ能く復た徳行に身し、苦しみて学問を思わんや。是れ検括の労を棄てて、賄を用うるの速きに赴かざる莫し。斯れ誠に有漢の傾く所以にして、来代の宜しく深く鑑みるべき所なり。或るひと曰く、「吾子の漢末の貢挙の事を論ずるは、誠に其の病を得たり。今必ず既往の失を戒め、傾車の路を避け、有代の弦調を改め、法の玩ぶ或いは変ずるを防ぎ、濮上・巴人をして、安楽の正音に反り、腠理の疾の、退走するの滞患無からしめんと欲するは、豈に方有らんや。士に風姿豊偉にして、雅望余り有れども、空を懐き虚を抱き、幹植足らざる者有り。貌を以て之を取れば、則ち必ずしも賢を得ず、徐徐に先ず試みれば、則ち倉卒にす可からず。将た之を如何せん」と。
現代語訳
こうして曽子・閔子騫のような者が商臣のような不孝の汚名を負い、孔子・墨子のような者が盗跖のような悪名を被る。正を懐き貞に居る者は泥のぬかるみに押し込められ、狡猾で偽り巧みな者は虹の際まで舞い上がる。凡夫は浅い見識で邪正を弁えず、道を守る者を世に埋もれた愚か者と言い、近道を行く者を変化を知る者と見なす。世の風に従って動き、波を追って流れる者が、どうして再び徳行に身を置き、苦しんで学問を思うだろうか。そうなれば、検証と選別の苦労を捨てて、賄賂を用いる近道に走らない者はいない。これこそ漢の傾いた理由であり、後世がよく鑑みるべきことである。ある人が言う。「あなたの漢末の貢挙の論は、まことにその病を言い当てている。いま、過去の過ちを戒め、傾いた車の道を避け、一つの代の弦の調子を改め、法を弄ぶ風潮が変わるのを防ぎ、濮上や巴人のような淫らな俗楽を、安楽の正音に立ち返らせ、体表の病が奥に入り込む患いをなくそうとするなら、方策があるだろうか。士には風貌が立派で、人望も十分にあるが、中身が空虚で、幹となる資質が足りない者もいる。容貌で取れば、必ずしも賢者を得られず、ゆっくり先に試験すれば、慌ただしくはできない。さてどうするか」と。
解説
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