抱朴子外篇 / 任能
「漢高決策於玄幃,定勝乎千里,則不如良平;治兵多而益善,所向無敵,則不如信布;兼而用之,帝業克成。故疾步累趨,未若托乘乎逸足;尋飛逐走,未若假伎乎鷹犬。夫勁弩難彀,而可以摧堅逮遠;大舟難乘,而可以致重濟深;猛將難禦,而可以折沖拓境;高賢難臨,而可以攸敘彜倫。「昔魯哀庸主也,而仲尼上聖,不敢不盡其節;齊景下才也,而晏嬰大賢,不敢不竭其誠。豈有人臣當與其君校智力之多少,計局量之優劣,必須堯舜乃為之役哉!何事非君?何使非民?恥令其君不及唐虞,此亦達者之用心也。」
新字:「漢高決策於玄幃,定勝乎千里,則不如良平;治兵多而益善,所向無敵,則不如信布;兼而用之,帝業克成。故疾歩累趨,未若托乗乎逸足;尋飛逐走,未若仮伎乎鷹犬。夫勁弩難彀,而可以摧堅逮遠;大舟難乗,而可以致重済深;猛将難禦,而可以折沖拓境;高賢難臨,而可以攸敘彜倫。「昔魯哀庸主也,而仲尼上聖,不敢不尽其節;斉景下才也,而晏嬰大賢,不敢不竭其誠。豈有人臣当与其君校智力之多少,計局量之優劣,必須堯舜乃為之役哉!何事非君?何使非民?恥令其君不及唐虞,此亦達者之用心也。」
書き下し
「漢高は策を玄幃に決し、勝ちを千里に定むるは、則ち良・平に如かず。兵を治めて多々益々善く、向かう所敵無きは、則ち信・布に如かず。兼ねて之を用いて、帝業克く成る。故に疾く歩み累ねて趨るは、未だ逸足に乗るに若かず。飛を尋ね走を逐うは、未だ鷹犬に伎を仮るに若かず。夫れ勁き弩は彀き難きも、以て堅きを摧き遠きに逮ぶ可し。大舟は乗り難きも、以て重きを致し深きを済す可し。猛将は禦し難きも、以て衝を折き境を拓く可し。高賢は臨み難きも、以て彜倫を攸ぶ可し。昔、魯の哀は庸主なり、而れども仲尼は上聖にして、敢えて其の節を尽くさざらず。斉の景は下才なり、而れども晏嬰は大賢にして、敢えて其の誠を竭くさざらず。豈に人臣にして其の君と智力の多少を校べ、局量の優劣を計り、必ず堯・舜にして乃ち之が役と為らんとするもの有らんや。何れの事か君に非ざる、何れの使か民に非ざる。其の君をして唐・虞に及ばざらしむるを恥ずるは、此れ亦た達者の用心なり」と。
現代語訳
「漢の高祖は幕の内で策を決し、千里の外の勝ちを定めることでは張良・陳平に及ばず、軍を率いて多いほど巧みで向かう所敵なしという点では韓信・英布に及ばなかった。しかし彼らを兼ね用いて帝業を成した。だから足早に歩き重ねて走るのは、駿馬に乗るに及ばない。飛ぶものや走るものを追うのは、鷹や犬に技を借りるに及ばない。強い弩は引き絞りにくいが、堅いものを砕き遠くに届く。大きな舟は乗りこなしにくいが、重い荷を運び深い所を渡れる。猛将は御しにくいが、敵を挫き国境を広げられる。高賢は臨みにくいが、人の道を整えられる。昔、魯の哀公は凡庸な君主だったが、孔子は至高の聖人として、その節を尽くさざるを得ないと考えた。斉の景公は才に劣ったが、晏嬰は大賢として、真心を尽くさざるを得ないと考えた。臣下たる者が君主と智力の多少を比べ、器量の優劣を測り、堯・舜のような君主でなければ仕えないなどということがあろうか。どの事が君の事でなく、どの使いが民のことでないというのか。その君を唐・虞に及ばない君にしてしまうのを恥じるのは、道理に達した者の心がけでもある」。
解説
この章句が説くこと
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