抱朴子外篇 / 任能
或曰:「尾大於身者,不可掉;臣賢於君者,不可任。故口不容而強吞之者必哽,才非匹而安仗之者見輕。」抱樸子曰:「詭哉,言乎!昔者荊子總角而攝相事,實賴二十五老,臻乎惠康。子賤起家而治大邦,實由勝己者多,而招其弘益。齊桓殺兄而立,鳥獸其行,被發彜酒,婦閭三百,委政仲父,遂為霸宗;夷吾既終,禍亂亟起。魯用季子二十余年,內無秕政,外無侵削;人之亡沒,殄瘁響集。豈非才所不逮,其功如彼;自任其事,其禍如此乎!」
新字:或曰:「尾大於身者,不可掉;臣賢於君者,不可任。故口不容而強呑之者必哽,才非匹而安仗之者見軽。」抱樸子曰:「詭哉,言乎!昔者荊子総角而摂相事,実頼二十五老,臻乎恵康。子賤起家而治大邦,実由勝己者多,而招其弘益。斉桓殺兄而立,鳥獣其行,被発彜酒,婦閭三百,委政仲父,遂為覇宗;夷吾既終,禍乱亟起。魯用季子二十余年,内無秕政,外無侵削;人之亡没,殄瘁響集。豈非才所不逮,其功如彼;自任其事,其禍如此乎!」
書き下し
或るひと曰く、「尾の身より大なる者は、掉かす可からず。臣の君より賢なる者は、任ず可からず。故に口に容れざるに強いて之を呑む者は必ず哽り、才の匹に非ずして安んぞ之に仗る者は軽んぜらる」と。抱朴子曰く、「詭なるかな、言や。昔者、荊子は総角にして相の事を摂るに、実に二十五老に頼りて、恵康に臻れり。子賤は家より起こりて大邦を治むるに、実に己に勝る者多きに由りて、其の弘益を招けり。斉桓は兄を殺して立ち、鳥獣の行いなり、被髪して酒を彜し、婦閭は三百なれども、政を仲父に委ねて、遂に覇宗と為る。夷吾既に終えて、禍乱亟かに起こる。魯は季子を用いて二十余年、内に秕政無く、外に侵削無し。人の亡没せしとき、殄瘁の響き集まる。豈に才の逮ばざる所、其の功は彼の如く、自ら其の事に任ずれば、其の禍は此の如きに非ずや」と。
現代語訳
ある人が言う。「尾が胴より大きければ振り回せない。臣が君より賢ければ任用できない。だから口に入りきらないものを無理に呑めば必ず喉に詰まり、才が釣り合わない者を頼れば軽んじられる」。抱朴子は言う。「偽りの多い言葉だ。昔、荊の子は子どものうちに宰相の事を代行したが、実に二十五人の老臣に頼って、恵みと安寧に至った。子賤は一介の身から大国を治めたが、実に自分に勝る者が多かったので、その大きな益を招いた。斉の桓公は兄を殺して立ち、鳥獣のような振る舞いで、髪を乱して酒を飲み、後宮の女は三百もいたが、政治を仲父に任せて、ついに覇者の宗となった。しかし管夷吾が亡くなると、禍乱がたちまち起こった。魯は季子を用いて二十年余り、国内に悪政はなく、国外から侵されることもなかった。その人が亡くなると、国が疲弊したとの響きが集まった。才の及ばぬところを他に任せて功があれほど上がり、自ら事に当たって禍がこのようになったのではないか」。
解説
この章句が説くこと
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