抱朴子外篇 / 君道
抱樸子曰:清玄剖而上浮,濁黃判而下沈。尊卑等威,於是乎著。往聖取諸兩儀,而君臣之道立;設官分職,而雍熙之化隆。君人者,必修諸己以先四海,去偏黨以平王道,遣私情以標至公,氦宇宙以籠萬殊。真偽既明於物外矣,而兼之以自見;聽受既聰於接來矣,而加之以自聞。儀決水以進善,鈞絕弦以黜惡,昭德塞違,庸親昵賢,使規盡其圓,矩竭其方,繩肆其直,斤效其斫。器無量表之任,才無失授之用。
新字:抱樸子曰:清玄剖而上浮,濁黄判而下沈。尊卑等威,於是乎著。往聖取諸両儀,而君臣之道立;設官分職,而雍熙之化隆。君人者,必修諸己以先四海,去偏党以平王道,遣私情以標至公,氦宇宙以籠万殊。真偽既明於物外矣,而兼之以自見;聴受既聰於接来矣,而加之以自聞。儀決水以進善,鈞絶弦以黜悪,昭徳塞違,庸親昵賢,使規尽其円,矩竭其方,縄肆其直,斤効其斫。器無量表之任,才無失授之用。
書き下し
抱朴子曰く、清玄剖れて上に浮かび、濁黄判れて下に沈む。尊卑等威、是に於いて著る。往聖、諸を両儀に取りて、君臣の道立つ。官を設け職を分かちて、雍熙の化隆んなり。君人たる者は、必ず諸を己に修めて以て四海に先んじ、偏党を去りて以て王道を平らかにし、私情を遣りて以て至公を標し、宇宙を氦して以て万殊を籠む。真偽は既に物外に明らかなるに、之に兼ぬるに自ら見るを以てし、聴受は既に来を接するに聡きに、之に加うるに自ら聞くを以てす。決水を儀として以て善を進め、絶弦に鈞しくして以て悪を黜け、徳を昭らかにし違を塞ぎ、親昵を庸い賢を用い、規をして其の円を尽くさしめ、矩をして其の方を竭くさしめ、縄をして其の直を肆にせしめ、斤をして其の斲を效さしむ。器は量表の任無く、才は授けを失う用無し。
現代語訳
抱朴子は言う。清く玄い気が分かれて上に浮かび、濁った黄の気が分かれて下に沈んだ。尊卑や威儀の等級は、ここで明らかになった。昔の聖人はこれを天地両儀から取って、君臣の道を立てた。官を設け職を分けて、世は和らぎ栄える教化が盛んになった。人の上に立つ者は、必ずまず自分を修めて天下に先立ち、偏りと徒党を去って王道を平らかにし、私情を捨てて至公を掲げ、天地を包みこんでさまざまな差異を収める。物事の真偽はすでに外からの情報で明らかなのに、それに加えて自分の目で見る。人の言を聞き入れることにすでに聡いのに、それに加えて自分の耳で聞く。堰を切った水のように善を進め、切れた弦のように悪を退け、徳を明らかにして背く行いをふさぎ、親しい者を用い賢者を用い、規には円を尽くさせ、矩には四角を尽くさせ、縄にはまっすぐを存分に示させ、斧にはよく削らせる。器には量りをはみ出す任を負わせず、才には授け方を誤って無駄にする使い方をしない。
解説
この章句が説くこと
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