抱朴子外篇 / 崇教
抱樸子曰:蓋聞帝之元儲,必入太學,承師問道。齒於國子者,以知為臣,然後可以為君;知為子,然後可以為父也。故學立而仕,不以政學,操刀傷割,鄭喬所嘆。觸情縱欲,謂之非人。而貴遊子弟,生乎深宮之中,長乎婦人之手,憂懼之勞,未常經心,或未免於繈褓之中,而加青紫之官;才勝衣冠,而居清顯之位。操殺生之威,提黜陟之柄,榮辱決於與奪,利病感於唇吻,愛惡無時暫乏,毀譽括厲於耳。嫌疑象類,似是而非,因機會以生無端,藉素信以設巧言,交構之變,千端萬緒,巧算所不能詳,毫墨所不能究也。無術學,則安能見邪正之真偽,具古今之行事?自悟之理,無所惑假,能無傾巢覆車之禍乎!
新字:抱樸子曰:蓋聞帝之元儲,必入太学,承師問道。歯於国子者,以知為臣,然後可以為君;知為子,然後可以為父也。故学立而仕,不以政学,操刀傷割,鄭喬所嘆。触情縦欲,謂之非人。而貴遊子弟,生乎深宮之中,長乎婦人之手,憂懼之労,未常経心,或未免於繈褓之中,而加青紫之官;才勝衣冠,而居清顕之位。操殺生之威,提黜陟之柄,栄辱決於与奪,利病感於唇吻,愛悪無時暫乏,毀誉括厲於耳。嫌疑象類,似是而非,因機会以生無端,藉素信以設巧言,交構之変,千端万緒,巧算所不能詳,毫墨所不能究也。無術学,則安能見邪正之真偽,具古今之行事?自悟之理,無所惑仮,能無傾巣覆車之禍乎!
書き下し
抱朴子曰く、蓋し聞く、帝の元儲は、必ず太学に入り、師に承けて道を問う。国子に歯する者は、臣たるを知るを以て、然る後に君たる可し。子たるを知り、然る後に父たる可し、と。故に学立ちて仕え、政を以て学ばず。刀を操りて割を傷つくるは、鄭喬の嘆く所なり。情に触れ欲を縱にする、之を人に非ずと謂う。而るに貴遊の子弟は、深宮の中に生まれ、婦人の手に長じ、憂懼の労、未だ嘗て心に経ず、或いは未だ繈褓の中を免れざるに、青紫の官を加え、才は衣冠に勝うるのみにして、清顕の位に居る。殺生の威を操り、黜陟の柄を提げ、栄辱は与奪に決し、利病は唇吻に感じ、愛悪は時として暫くも乏しからず、毀誉は耳に括厲す。嫌疑は象類し、是に似て非なり、機会に因りて以て無端を生じ、素信に藉りて以て巧言を設け、交構の変は、千端万緒、巧算も詳らかにする能わざる所、毫墨も究むる能わざる所なり。術学無くんば、則ち安んぞ能く邪正の真偽を見、古今の行事を具えんや。自ら悟るの理は、惑い仮る所無きも、能く傾巣覆車の禍無からんや。
現代語訳
抱朴子は言う。聞くところでは、帝の世継ぎは必ず太学に入り、師に従って道を問うという。国子の列に並ぶ者は、臣となることを知って、はじめて君となることができ、子となることを知って、はじめて父となることができる。だから学問が確立してから仕官するのであり、政務をしながら学ぶのではない。刀を扱い慣れない者に切らせると傷つける、と鄭喬が嘆いたとおりである。情に任せ欲をほしいままにするのは、人でないというべきだ。ところが貴い家の子弟は、奥深い宮中に生まれ、女の手で育てられ、憂いや恐れの苦労を一度も心に経験せず、まだおむつの中にいるうちに青い綬や紫の綬の官を授けられ、才能は衣冠を着こなす程度にすぎないのに、清らかで顕要な地位に就く。生殺の威を握り、昇進と降格の権を握り、栄誉と恥辱は与えるか奪うかで決まり、利害は唇の動き一つで動き、好き嫌いは片時も絶えず、そしりと誉めが耳に鋭く入り込む。疑わしいことは似通っていて、正しそうで正しくなく、機会に乗じて理由のない事件が起き、日頃の信用を借りて巧みな言葉が設けられ、離間と陥れの変化は千筋万筋にわたり、巧みな計算でも明らかにできず、筆墨でも尽くしきれない。学問と術がなければ、どうして邪と正、真と偽を見分け、古今の事跡を備えることができようか。自ら悟る道理があっても迷いが避けられないのに、まして巣をひっくり返し車を覆すような禍がないでいられようか。
解説
この章句が説くこと
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