学則 / 答屈景山書
不佞僻惰一病夫。與世相遠。所朝夕唯一二從游之士。未嘗以勸人敎人爲事。況與人爭哉而足下乃謂海內從風而靡者。雖不佞亦怪焉。豈耳食之士。初未識不佞之所爲學者。傳響雷同歟。不爾。亦時運之使然也。豈不佞之所能知哉。亦惟人心如面。陳所見以酬來意耳。如其取舍。足下裁之。時暑凉雜至。伏惟自重。卽月二十一日
新字:不佞僻惰一病夫。与世相遠。所朝夕唯一二従游之士。未嘗以勧人教人為事。況与人争哉而足下乃謂海内従風而靡者。雖不佞亦怪焉。豈耳食之士。初未識不佞之所為学者。伝響雷同歟。不爾。亦時運之使然也。豈不佞之所能知哉。亦惟人心如面。陳所見以酬来意耳。如其取舎。足下裁之。時暑凉雑至。伏惟自重。即月二十一日
書き下し
不佞は僻惰なる一病夫にして、世と相遠ざかる。朝夕する所は唯一二の従游の士のみ。未だ嘗て人に勧め人を教ふるを以て事と為さず。況んや人と争はんや。而るに足下乃ち海内風に従ひて靡くと謂ふ者は、不佞と雖も亦た怪しむ。豈に耳食の士、初めより未だ不佞の学を為す所以を識らずして、響きを伝へて雷同するか。爾らずんば、亦た時運の然らしむるなり。豈に不佞の能く知る所ならんや。亦た惟人心の面の如き、見る所を陳べて以て来意に酬ゆるのみ。其の取舍の如きは、足下之を裁せよ。時に暑涼雑へ至る。伏して惟みるに自重せよ。即月二十一日。
現代語訳
私はひねくれて怠け者の一病人で、世間から遠ざかっている。朝夕付き合うのは一、二の門人だけで、人に勧めたり教えたりすることを仕事にしたことはない。まして人と争うことなどあろうか。それなのにあなたは、天下の人が私の風になびいていると言われる。これには私自身も不思議に思う。耳で聞いただけの人たちが、私の学問のわけをはじめから知らないまま、噂を伝えて付和雷同しているのだろうか。そうでなければ、時の巡り合わせがそうさせているのだろう。私の知りうることではない。これもただ人の心は顔のように違うのだから、見るところを述べてお手紙の趣旨に応えるだけである。採るか捨てるかは、あなたが判断していただきたい。暑さと涼しさが入りまじる時節、どうかご自愛ください。この月の二十一日。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『翁問答』序隣里に天君とて逸民とおぼしき老翁ありけると友の語りし儘訪ひたづねて、杖を取て見へける、我眼力伯楽ならねば、騏駑の分ちは知らざれ共、威儀いとけだかく、人相和厚にして謙遜なれば、俗儒の意気たくましく、口気たかぶるに違ひ心ならず慕しく敬れて暇の日は常に傍にと雖、心に問べき貯へなければ、只山賤の花に向へるに異らず門下に体充とて俊秀なる人有て、平日疑問論難止む時なし、傍にて聞と雖、我心の及ばぬ際は記憶すること不能、心の粗通する事あれば、退て倭語にて書付け遺忘に備へぬ、斯くして年を積りぬれば、箇条も数多になり、心に守り身に行べき道理も少し、開悟に似たる様にあれば、若し又我如きの愚者あらば、万一工夫の助けにも成る可きかと改めうつして、翁問答と題号して、巾笥にかくし置ける、言いやしく理きこへがたけれ共、有道に付て正す可き程の事ならねば、只愚者の書付けたる儘にして、翁の本意に違ふ処多くあるべし、若読人あらば、辞にて志をそこなはずば、我人の大幸たる可き乎。
-
『配所残筆』配所殘筆(1)我等儀、凡下之者、殊更無德短才、中々御歷々之御末席へも出座仕候者に無之候所、幼少之時分より、似合に人も存候て、御歷々方御取持被下候、此段全く我等德義の故とは不存候、天道之冥加に相成候故に可有之、愈天命をおそれ候て、物毎日用相愼候事候、 六歲より親申付候て、學問被爲仕候へ共、無器用に候て、漸八歲之頃迄に、四書五經七書詩文之書大方よみ覺候、 九歲之時、稻葉丹後守殿御來家塚田杢助我等親近付に候故、我等を林道春老弟子に仕度由賴入候、杢助序に丹後守殿迄申上候へば、幼少にて學問仕候事奇特成由被仰、於御城林道春へ直に丹後殿御賴被下候、就は杢助拙者を同道仕候而道春へ參り、道春永喜一座にて、我等に論語の序無點の唐本にて讀せ被申候、我等讀候へば、山谷も取出候て被爲讀候、永喜被申候は、幼少にと如斯讀候事奇特に候、乍然田舍學問之者師を仕候と相見え、點惡敷候由被申候、道春も永喜同意に被申候て感悅被仕、別而念頃に候て、十一歲迄以前讀候書物共又點を改、無點之本にて讀直申候、 十一歲の春、歲旦之詩を初て作候て道春へ見せ候へば、一字改被申候て、則序文を書、幼小之述作別 而感入候之由書狀被副之、和韻被仕候、 同年堀尾山城守殿家老揖斐伊豆我等へ被懸目候て、則山城守殿へ被召寄、書物を讀、伊豆是非共山城守殿へ奉公に出候樣、二百石は可被下候由申候へ共、我等親同心不仕候、
-
『学則』答屈景山書書中又た文章好尚の異なるを言ひて、不佞の一言を聞かんと欲し、乃ち争ふ心無きを以て告げらる。亦た何ぞ詳悉顧慮の此に至れるや。夫れ人心の面の如き、好尚各〻殊なり。然りと雖も、徒らに自ら信じて問はずんば、将た何を以て其の未だ知らざるを知りて己の見を広めんや。故に学の道は、問ふことを大と為す。問ふ者は弟子の事なり。難を発して相切磋する者は朋友の事なり。故に師友の素有るに非ずして輙ち相問難する者は、争ひの道なり。臣の君を諫め、子の父に諍ふ者は、栄辱休戚の相関はればなり。故に君臣の義、父子の親有るに非ずして、其の心秦越の人の相肥瘠を視るが如くにして其の是ならざるを諫むる者も、亦た争ひの道なり。
-
『和俗童子訓』巻之二・総論下一人の弟子となり、師に仕へては、我が位高しといへども高ぶらず、師を尊び敬ひて重んずべし。師を尊ばざれば、学問の道たたず。師たる人、教を弟子に施さば、弟子これに法り習ひ、師に対して、心も顔色も、和かに敬ひ慎み、我が心を虚しくして自満なく、既に知れる事をも、知らざる如くし、又よく行ふ事をも、よくせざる如くにして、へり下るべし。師より受けたる教をば、心を尽してきはめ習ふべし。是弟子たる者の、師にあひて教を受くる法なり。
-
『大和俗訓』自序ここを以て、わが国聖学の寥々たる事、古よりすでに久し。うらみても猶うらめしきかな。しかれども、今まさに聖明の御世にあたりぬれば、人文やうやく開けて、聖学の世に明かになりなん事たのもし。今の世の俗をさとさんため、からの文字を作りて、聖の道をとかんことは、わが輩のちからになしうべからず。況やもろこしのもろもろの先正の説、すでに明かに備はれるをや。漢字をしれる人はよんでしるべければ、今更贅言を用ふべからず。夫聖人の道の、至りて高大にしてふかくおくまりたるは、此国のをんなもじを以て、其かたはしをもまなびて説かんことおほけなくて、管にて天をうかがひ、蠡にて海をはかるが如くなれば、つたなき筆にてしるさん事、飛鳥川のふかき淵の変じてあさき瀨となり行きなんうれひに、猶まされりといへども、高きにのぼるには、必まづふもとよりし、遠きにゆくには、必近きよりはじむる理あれば、世の不幸にして漢字をしらざる人の為に、いささかむかし聞ける所のことわりを、今の俗語を以てかきあつめて八巻とし、名づけて大和俗訓といふ。
-
『慎思録』巻之六聡明の質有りと雖も、謙遜の徳無くば、則ち必ず一己の力を負みて、自足と為して人に資らず。故に蔽塞する所多くして、旁通せず。所謂自ら用ゐれば則ち小なり。此れ学功の成らざる所以なり。学者の自ら治むると、人を教ふるとは、須らく同じからざることを要すべし。自ら治むるが如きは、事事細密にして、煩繁を厭はざることを要す。苟も此くの若くならずば、則ち格致の理明らかならず、力行の功精しからず。苟も人を教ふるが如きは、須らく易簡なるべし。凡そ人情は易簡を好みて、煩労を悪む。苟も初学の人に教ふるに、煩繁の工夫を以てすれば、則ち之を厭悪して為さず、道に入るに由無し。只学問漸く久しくして習熟すれば、則ち煩多を厭はず。苟も初頭より、吾の為す所を以て之に教へを施せば、則ち扞格して勝へず。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る