抱朴子外篇 / 勖學
世道多難,儒教淪喪,文武之軌,將遂雕墜。或沈溺於聲色之中,或驅馳於競逐之路。孤貧而精六藝者,以遊夏之資,而抑頓乎九泉之下;因風而附鳳翼者,以駑庸之質,猶迴遑乎霞霄之表。舍本逐末者,謂之勤修庶幾;擁經求己者,謂之陸沈迂闊。於是莫不蒙塵觸雨,戴霜履冰,懷黃握白,提清挈肥,以赴邪徑之近易,規朝種而暮獲矣。
新字:世道多難,儒教淪喪,文武之軌,将遂雕墜。或沈溺於声色之中,或駆馳於競逐之路。孤貧而精六芸者,以遊夏之資,而抑頓乎九泉之下;因風而附鳳翼者,以駑庸之質,猶迴遑乎霞霄之表。舎本逐末者,謂之勤修庶幾;擁経求己者,謂之陸沈迂闊。於是莫不蒙塵触雨,戴霜履冰,懐黄握白,提清挈肥,以赴邪径之近易,規朝種而暮獲矣。
書き下し
世道は難多く、儒教は淪喪し、文武の軌は将に遂に雕墜せんとす。或いは声色の中に沈溺し、或いは競逐の路に駆馳す。孤貧にして六藝を精しくする者は、遊夏の資を以てして、九泉の下に抑頓せられ、風に因りて鳳翼に附く者は、駑庸の質を以てして、猶お霞霄の表に迴遑す。本を舎てて末を逐う者は、之を勤修庶幾と謂い、経を擁して己を求むる者は、之を陸沈迂闊と謂う。是に於いて塵を蒙り雨に触れ、霜を戴き氷を履み、黄を懐き白を握り、清を提げ肥を挈え、以て邪径の近易に赴き、朝に種えて暮れに獲るを規らざる莫し。
現代語訳
世の道は難が多く、儒教は衰え、文と武の守るべき軌道もまさに崩れ落ちようとしている。ある者は音楽や女色に溺れ、ある者は争い求める道を駆け回っている。孤独で貧しくても六芸に精通する者は、子游・子夏のような資質があっても、黄泉の下に押さえつけられ、風に乗って鳳の翼にくっつく者は、愚かで凡庸な質でありながら、なお霞や天の高みを悠々と舞っている。根本を捨てて枝葉を追う者を、つとめて修める見込みのある人と言い、経書を抱いて己に求める者を、陸に沈んだ世間知らずと言う。こうして、塵をかぶり雨に打たれ、霜を頂き氷を踏み、黄金を懐き白銀を握り、清い酒を提げ肥えた肉を持って、よこしまな近道に走り、朝に種をまいて夕に収穫することを図らない者はない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・八佾篇子夏問いて曰く、「巧笑倩たり、美目盼たり、素以て絢を為すとは、何の謂ぞや」と。子曰く、「絵事は素より後にす」と。曰く、「礼は後か」と。子曰く、「予を起こす者は商なり。始めて与に詩を言うべきのみ」と。
-
史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
-
説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
-
論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
-
論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
-
論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る