抱朴子外篇 / 勖學
低仰之駟,教之功也;鷙擊之禽,習之馴也。與彼凡馬野鷹,本實一類,此以飾貴,彼以質賤。運行潦而勿輟,必混流乎滄海矣;崇一簣而弗休,必鈞高乎峻極矣。大川滔瀁,則虬螭群遊;日就月將,則德立道備。乃可以正。夢乎丘旦,何徒解桎乎困蒙哉!昔仲由冠雞帶豘,靃珥鳴蟬,杖劍而舞,盛稱南山之勁竹,欲任掘強之自然;尼父善誘,染以德教,遂成升堂之生,而登四科之哲。子張鄙人,而灼聚兇猾,漸漬道訓,成化名儒,乃抗禮於王公,豈直免於庸陋!
新字:低仰之駟,教之功也;鷙撃之禽,習之馴也。与彼凡馬野鷹,本実一類,此以飾貴,彼以質賤。運行潦而勿輟,必混流乎滄海矣;崇一簣而弗休,必鈞高乎峻極矣。大川滔瀁,則虬螭群遊;日就月将,則徳立道備。乃可以正。夢乎丘旦,何徒解桎乎困蒙哉!昔仲由冠鶏帯豘,靃珥鳴蝉,杖剣而舞,盛称南山之勁竹,欲任掘強之自然;尼父善誘,染以徳教,遂成升堂之生,而登四科之哲。子張鄙人,而灼聚兇猾,漸漬道訓,成化名儒,乃抗礼於王公,豈直免於庸陋!
書き下し
低仰の駟は教えの功なり。鷙撃の禽は習いの馴らすなり。彼の凡馬野鷹と、本実は一類なるに、此れは以て飾り貴く、彼は質を以て賤し。行潦を運らして輟めざれば、必ず滄海に混流す。一簣を崇くして休まざれば、必ず峻極に鈞しく高し。大川滔瀁なれば、則ち虬螭群れ遊ぶ。日に就き月に将むれば、則ち徳立ち道備わる。乃ち以て正す可し。丘旦を夢み、何ぞ徒に桎を困蒙より解くのみならんや。昔、仲由は雞を冠し豘を帯し、霅珥鳴蟬、剣を杖きて舞い、南山の勁竹を盛んに称して、掘強の自然に任せんと欲す。尼父は善く誘い、染むるに徳教を以てし、遂に升堂の生と成り、四科の哲に登る。子張は鄙人にして、灼聚兇猾なりしも、道訓に漸漬し、化を成して名儒となり、乃ち王公に抗礼す。豈に直ちに庸陋を免れたるのみならんや。
現代語訳
手綱に従って上下する馬の巧みさは、教えの成果である。獲物を撃つ猛禽の働きは、習わせて馴らした結果である。あれらは普通の馬や野の鷹と本来は同じ種類なのに、一方は飾られて貴ばれ、一方は素のまま賤しいとされる。雨水の流れを巡らせて止まなければ、いつか必ず大海に合流する。一もっこの土を積み上げて休まなければ、いつか必ず峻険な高みと同じ高さになる。大きな川が満々と流れれば、虬や螭の竜が群れて遊ぶ。日に就き月に進めば、徳が立ち道が備わる。そうすれば正しくなれる。周公旦や孔子(丘)を夢に見るほどになれば、ただ幼い蒙昧の枷を解くだけにとどまらない。昔、仲由(子路)は雄鶏の冠をかぶり豚の皮の飾りをつけ、蝉の飾りを耳につけ、剣を杖いて舞い、南山の勁竹を盛んにほめて、頑強な自然のままに任せようとした。孔子は巧みに誘い、徳の教えで染め、ついに堂に上る弟子となり、孔門四科の賢者の列に登った。子張は粗野な田舎者で、悪賢い者たちを集めたこともあったが、道の教えに浸み込み、変化して名儒となり、王公と対等に礼を交わした。ただ凡庸さを免れただけではないのである。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第二回・水の辺りに植えたる樹のようにこの心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き、枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような、少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは、時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬけれども、しかしながら私の精神のあるところは、皆様に十分お話しいたしたと思います。
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