驢鞍橋 / 卷上
一日謂衆曰く、其方達此前に合せては、世間を分別する事如何程薄く成りたるや、誠に目出度善根を持ち來れり。乍去如何程使ひ得んや、心元なしと也。
新字:一日謂衆曰く、其方達此前に合せては、世間を分別する事如何程薄く成りたるや、誠に目出度善根を持ち来れり。乍去如何程使ひ得んや、心元なしと也。
書き下し
一日謂衆曰く、其方達此前に合せては、世間を分別する事如何程薄く成りたるや、誠に目出度善根を持ち来れり。乍去如何程使ひ得んや、心元なしと也。
現代語訳
ある日、衆に言われた。あなたたちは以前に比べて、世間のことを分別する心がどれほど薄くなったか。本当にめでたい善根を持ってきたものだ。とはいえ、どれほど使いこなせるか、心もとない、と。
解説
弟子たちの成長を、世間への分別が薄くなったと認めて、めでたい善根だと喜ぶ。しかしすぐに、それをどれだけ使いこなせるか心もとない、と付け加える。成長を認めつつ、慢心させない、正三の指導の呼吸がよく表れた短い条である。部下や後輩の成長を褒めるとき、単に持ち上げるのではなく、それをどう生かすかという次の課題を示す。褒めることと育てることを両立させる言葉の選び方の見本である。
この章句が説くこと
成長善根指導褒める課題使いこなす
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