後世への最大遺物 / 第二回・水の辺りに植えたる樹のように
この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬけれども、しかしながら私の精神のあるところは皆様に十分お話しいたしたと思います。
書き下し
この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き、枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような、少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは、時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬけれども、しかしながら私の精神のあるところは、皆様に十分お話しいたしたと思います。
現代語訳
この心がけをもって毎年毎日進んでいけば、私たちの生涯は決して五十年や六十年の生涯ではなく、実に水のほとりに植えた樹のように、だんだん芽を吹き、枝を伸ばしていくものだと思います。決して竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような、少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送ることは実に私の最大の望みで、私の心を毎日慰め、いろいろなことをなすにあたって私を励ますものです。私のもう一つの題である真面目ならざる宗教家については、時間がありませんのでここでは述べません。述べませんが、私の精神のあるところは皆様に十分お話ししたと思います。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・謂公叔曰乘舟公叔に謂いて曰く、「舟に乘るに、舟漏れて塞がざれば、則ち舟沈まん。漏舟を塞ぎて、陽侯の波を輕んずれば、則ち舟覆らん。今公自ら薛公に辯ずるを以て秦を輕んずるは、是れ漏舟を塞ぎて陽侯の波を輕んずるなり、願わくは公之を察せよ。」
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人物志・九徵猶ほ火日の外を照らして、內を見る能はず、金水の內に映じて、外に光る能はざるがごとし。
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老子・第50章生に出でて死に入る。生の徒は十に三有り、死の徒は十に三有り、人の生きて之を死地に動かすも亦た十に三有り。夫れ何の故ぞ。其の生を生とすることの厚きを以てなり。蓋し聞く、善く生を摂する者は、陸行して兕虎に遇わず、軍に入りて甲兵を被らず。兕は其の角を投ずる所無く、虎は其の爪を措く所無く、兵は其の刃を容るる所無し。夫れ何の故ぞ。其の死地無きを以てなり。
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