秘本玉くしげ / 下 上の信なき命令
然るにかやうに制令法度の立がたきはいかなる故ぞといふに、上より命令出る事あれども、ただ一通りこれを觸渡すばかりにて、其令を守るか守らざるかの吟味もなく、犯す者ありても咎めもなき故に、やぶれやすくしまりがたく、又上にも申せる如く、急度約束有し事もたちまち變じ、或は重き役人の證文などさへ反古になりてやくにたたず。すべてかやうに下に對して上の信なき事多きときは、下民も上の仰せをつつしまず、おのづから輕しむる心できて、命令をも守らざるやうになる也。又すべて命令の趣は、ことごとく道理のつみたる事にあらざれば、下の心から歸服せぬもの也。いささかにても上の勝手にまかせて尤ならざる事のまじる時は、うはべこそ威勢におそれて服せるやうなれ、内內にてはあざわらひて中中歸服はせず。かやうの事も上をかろしむる端となれば、よくよく心すべきこと也。とにかくに下の上を恐れずかろしむる心のあるは、第一に宜しからざる事ぞかし。
新字:然るにかやうに制令法度の立がたきはいかなる故ぞといふに、上より命令出る事あれども、ただ一通りこれを触渡すばかりにて、其令を守るか守らざるかの吟味もなく、犯す者ありても咎めもなき故に、やぶれやすくしまりがたく、又上にも申せる如く、急度約束有し事もたちまち変じ、或は重き役人の証文などさへ反古になりてやくにたたず。すべてかやうに下に対して上の信なき事多きときは、下民も上の仰せをつつしまず、おのづから軽しむる心できて、命令をも守らざるやうになる也。又すべて命令の趣は、ことごとく道理のつみたる事にあらざれば、下の心から帰服せぬもの也。いささかにても上の勝手にまかせて尤ならざる事のまじる時は、うはべこそ威勢におそれて服せるやうなれ、内内にてはあざわらひて中中帰服はせず。かやうの事も上をかろしむる端となれば、よくよく心すべきこと也。とにかくに下の上を恐れずかろしむる心のあるは、第一に宜しからざる事ぞかし。
書き下し
然るにかやうに制令法度の立がたきはいかなる故ぞといふに、上より命令出る事あれども、ただ一通りこれを触渡すばかりにて、其令を守るか守らざるかの吟味もなく、犯す者ありても咎めもなき故に、やぶれやすくしまりがたく、又上にも申せる如く、急度約束有し事もたちまち変じ、或は重き役人の証文などさへ反古になりてやくにたたず。すべてかやうに下に対して上の信なき事多きときは、下民も上の仰せをつつしまず、おのづから軽しむる心できて、命令をも守らざるやうになる也。又すべて命令の趣は、ことごとく道理のつみたる事にあらざれば、下の心から帰服せぬもの也。いささかにても上の勝手にまかせて尤ならざる事のまじる時は、うはべこそ威勢におそれて服せるやうなれ、内々にてはあざわらひて中々帰服はせず。かやうの事も上をかろしむる端となれば、よくよく心すべきこと也。とにかくに下の上を恐れずかろしむる心のあるは、第一に宜しからざる事ぞかし。
現代語訳
それなのにこのように制令や法度が立ちにくいのはどういうわけかというと、上から命令が出ることはあっても、ただ一通りこれを触れ渡すばかりで、その令を守るか守らないかの吟味もなく、犯す者がいても咎めもないために、破れやすく締まりにくく、また上にも述べたように、きっと約束した事もたちまち変わり、あるいは重い役人の証文などさえ反古になって役に立たない。すべてこのように下に対して上に信のない事が多いときは、下民も上の仰せを慎まず、自然と軽んじる心が生じて、命令をも守らないようになるのである。またすべて命令の趣旨は、ことごとく道理の詰んだ事でなければ、下は心から帰服しないものである。わずかでも上の勝手にまかせて、もっともでない事が混じる時は、上辺こそ威勢に恐れて服しているようであっても、内々ではあざ笑って少しも帰服しない。このような事も上を軽んじる端緒となるから、よくよく心すべきことである。とにかく下が上を恐れず軽んじる心があるのは、第一によろしくない事である。
解説
この章句が説くこと
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