秘本玉くしげ / 下 御勝手方の商人心
近來大名方用脚不足などが多きに付て、御勝手方といふ役人多くある事也。これはその領分の內、何事によらず內外物入のすぢに心をつけて、隨分はぶかるるだけははぶき、或は諸事に算用工夫をつけて、物入すくなく費なきやうをはかるべき役にして、それは當時隨分尤なること也。然るに他國の樣子をうけたまはるに、此役人はただいろいろと働きて、金銀の工面をするをつとめとせり。さてそれは專ら金銀を得る工面の事なれば、なほなほ町人を相手とすること故、武士かたぎの人にては手行よろしからざれば、商人心の金銀やりくりに功者なる人をゑらむ事故、下をいたはる憐愍の心などはなく、いかやうにしてなりとも當分金銀を多く得るを働きとして、後日の大害をもかへり見ず、君の御耻辱をも思はず、ひたすらに利をむさぼる商人の如し。
新字:近来大名方用脚不足などが多きに付て、御勝手方といふ役人多くある事也。これはその領分の内、何事によらず内外物入のすぢに心をつけて、随分はぶかるるだけははぶき、或は諸事に算用工夫をつけて、物入すくなく費なきやうをはかるべき役にして、それは当時随分尤なること也。然るに他国の様子をうけたまはるに、此役人はただいろいろと働きて、金銀の工面をするをつとめとせり。さてそれは専ら金銀を得る工面の事なれば、なほなほ町人を相手とすること故、武士かたぎの人にては手行よろしからざれば、商人心の金銀やりくりに功者なる人をゑらむ事故、下をいたはる憐愍の心などはなく、いかやうにしてなりとも当分金銀を多く得るを働きとして、後日の大害をもかへり見ず、君の御耻辱をも思はず、ひたすらに利をむさぼる商人の如し。
書き下し
近来大名方用脚不足などが多きに付て、御勝手方といふ役人多くある事也。これはその領分の内、何事によらず内外物入のすぢに心をつけて、随分はぶかるるだけははぶき、或は諸事に算用工夫をつけて、物入すくなく費なきやうをはかるべき役にして、それは当時随分尤なること也。然るに他国の様子をうけたまはるに、此役人はただいろいろと働きて、金銀の工面をするをつとめとせり。さてそれは専ら金銀を得る工面の事なれば、なほなほ町人を相手とすること故、武士かたぎの人にては手行よろしからざれば、商人心の金銀やりくりに功者なる人をゑらむ事故、下をいたはる憐愍の心などはなく、いかやうにしてなりとも当分金銀を多く得るを働きとして、後日の大害をもかへり見ず、君の御恥辱をも思はず、ひたすらに利をむさぼる商人の如し。
現代語訳
近頃、大名方に用脚(費用)の不足などが多いことにつけて、御勝手方という役人が多くいる。これはその領分の内で、何事によらず内外の出費の筋に気を配って、できるだけ省けるだけ省き、あるいは諸事に算用の工夫をつけて、出費が少なく無駄のないように図るべき役であって、それは当節まことにもっともなことである。ところが他国の様子を伺うと、この役人はただいろいろと立ち回って、金銀の工面をするのを勤めとしている。さてそれはもっぱら金銀を得る工面の事であるから、なおさら町人を相手とすることなので、武士気質の人では手際がよくないため、商人気質の、金銀のやりくりに巧みな人を選ぶことになるので、下をいたわる憐れみの心などはなく、どのようにしてでも当面金銀を多く得るのを働きとして、後日の大きな害をも顧みず、主君の恥辱をも思わず、ひたすらに利をむさぼる商人のようである。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 金策の功然るに上役の人々とても、まづさし当りて金銀の手まはりて御用の達するが当分目前の功なる故に、これを賞するから、いづくにても此すぢの役人はすらすらと立身をする事にて、大かた当時は此御勝手をはたらくが第一の政務のやうに成て、金銀を多く得るは敵国を切取たらん如くの功となる所もありとかや、うけ玉はる。抑かやうに当分の御間を合さんためばかりに、君の御威光をも損じ、国政の妨となる事、何に付ても多くは又、下の上を恨み奉ることも甚しく、おのづから上をかろしむるはし共なるは、いといとなげかはしきことなり。然りといへども、まことに御勝手大にさしつまりて当分のまかなひも出来がたき時に於ては、まづ金銀を得るにあらざれば、さしあたりていかにとも作略すべきやうなければ、左様の時は此働きを重く賞するも理の当然也。又これを働くも時に臨みての大功なれば、全くその人をわろしといふべき事にもあらず。
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『秘本玉くしげ』下 御勝手の逼迫近来上下おしなべて内証困窮する者多きわけ、又奢の自然とうすらぐべき仕方など、段段上に申せるが如し。然れども、困窮甚せまりて、いかにともすべき方なくさしつまりたる時に至りては、右のごとくゆるやかなる仕方ばかりにては、とてもさしあたりての間には合ひがたき事なれば、左様の時は、いかにしてなりとも急にそのはからひなくてはかなはず。上下大小ともにみな同じ事也。其中に、大名の御勝手の甚逼迫してさしつまりたる時の作略は、まづ町人百姓の金銀をめさるるが近代世間並の事也。然れども、是は上にも申せるが如く、甚心よからぬこと也。たとひしひてこれをめされても、それは限りある事なれば、いつまでも左様にて済ことにあらず。始終のすまぬ事に、大切なる御国政に瑕をつけん事は、いかにしても残念なること也。
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『秘本玉くしげ』上 勝手逼迫の因既に近来、諸大名の家家用脚足らず、多くは御勝手大に逼迫するは、全く此故也。昔は諸大名何れも年年に大さうなる軍役抔を勤められし時すら、今の如く逼迫する事は無して豊かなりしに、今の世は竟に軍役抔は勤め玉ふ事もなく、知行の物成は新田抔も出来て多くこそなりつれ、昔より減じたる事はなきに、却て御勝手の甚逼迫するはいかなる事ぞや。全く是世上次第に華美になり、いつとなく自然に御身分の余り重重敷成て、何に付ても御物入の昔よりは格別に多きが故也。然りとて、目に見えては先例と格別に變りたる事も有まじけれ共、只目に見えざる事共に大に變り来ぬる事多かるべし。扨、御身分の重重敷によりて次第に御物入の多くなれる訳は、先眼前には飲食衣服、扨は調度抔なれ共、是らは大名の御身上にては何程の事にもあらず。
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『秘本玉くしげ』上 御用金と仕送り又やむ事を得ずこれを借り玉ふことありとも、それもしひては心よからず。但し御領内に住居してゆたかにくらす君恩をありがたく思ひ奉りて、冥加のためにさし上んことを願ふ者あらんは格別の事也。されど左様の金銀も、皆貧民に施して、なるべきは上の御用には用ひ玉はぬやうにこそあらまほしけれ。又面面の勝手のためにもなり、冥加のためにてもあればとて、つねに金銀の御用を勤めんと願ふ者あらんには、もし御用あらば是は許し玉ふべきにや。されど上の御用をうけ玉はるに付て、人に金銀を貸にも、その御用のすぢにことよせて貸しつくる事、近世何方にも多し。これますます富者を富す事にて、世の貧民のために大なる害也。たとひ上のためには御勝手になる事なりとも、下民のために害あらん事は、すべて禁ぜらるべきにこそ。さてまた今の世は、武家大小によらず、仕おくりといひて町人に勝手をまかなはすること多し。これは便宜にして自由はよきやうなれ共、つまる所は損多し。
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『秘本玉くしげ』下 無益の扶持ただわろきは、左様に御勝手のさしつまるやうになるがわろきなれば、とかくその本をよく吟味して、諸事をいかやうにつめてなりとも物入の少なきやうにして、是非とも御収納にて何事もこと足るやうに相はたらかんぞ肝要なるべき。いづれの御大名にも、無益の輩に永々扶持知行を玉ふ事おほし。昔はいづれも御勝手ゆるやかなりしゆゑに、さしてもなき遊藝の輩などにも左様に御扶持を多く玉ひて、代々御扶持人となれる者多けれ共、これらは無益の費也。儒者医師のたぐひも、その時にすぐれたるをゑらみて召抱へらるべきは勿論の事なれども、いづれもその子の代になりては学問も藝も大におとるものにて、殊に身に禄あれば家業におこたりて多くは御用にも立がたく、禄おほければ身分おもおもしく成て、殊更業をばおこたる也。
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『秘本玉くしげ』下 金銀便利の弊又世上の金銀おほくして便利なれば、人人買まじき無益の物をも買ひ、為まじき無益の事をも為などする故に、おのづから奢を長ずる。これらみな世の困窮の端となること也。なほ又、上下の人ことごとく金銀にのみ目をかくるゆゑに、今の世は武士も百姓も出家も、みな鄙劣なる商人心になりて、世上の風儀も軽薄になる事ぞかし。かくのごとく、世上通用の金銀甚多くして自由便利なるにつきては、其失も甚多けれども、年久しく馴来りたる事なれば、此ならひは俄には改めがたし。不便利なる事すら、久しく馴たるを俄に改めては人の帰服しにくきものなるに、ましてこれは甚便利なる事なるを、今更通用の金銀を減少などしては、当分大にさしつかゆる事など多くして、却て大に失あるべし。且又、金銀通用の筋などは天下のうへの事なれば、いかほど害ある事有とても、一国ぎり私にはいかにともすべきやうなし。
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