秘本玉くしげ / 下 古い法は立ておく
但し昔定まりたる法も、年代久しくうつり、世のもやうのかはれるにつきては、今は其法の如くならでも害なき事、また其法の守りがたき事などもあるをば、大目に見ゆるしながらも、ひたすら先代の法を廢せん事をば憚りて、其法をばやはり法と立おきて背かざるやうにするは、おのづから本朝のあつき古意にかなひて宜しき事なれば、其事の筋にもよるべきもの也。近來は上より命令ある事をも、下にはゆるがせに心えてこれを守らざる事多く、又しばらくは守る事もあれども、ほどなくくづるる。これ甚あるまじき事也。一度仰付られたる事は、長く堅くこれを守るやうにあらざれば、政道立がたし。
新字:但し昔定まりたる法も、年代久しくうつり、世のもやうのかはれるにつきては、今は其法の如くならでも害なき事、また其法の守りがたき事などもあるをば、大目に見ゆるしながらも、ひたすら先代の法を廃せん事をば憚りて、其法をばやはり法と立おきて背かざるやうにするは、おのづから本朝のあつき古意にかなひて宜しき事なれば、其事の筋にもよるべきもの也。近来は上より命令ある事をも、下にはゆるがせに心えてこれを守らざる事多く、又しばらくは守る事もあれども、ほどなくくづるる。これ甚あるまじき事也。一度仰付られたる事は、長く堅くこれを守るやうにあらざれば、政道立がたし。
書き下し
但し昔定まりたる法も、年代久しくうつり、世のもやうのかはれるにつきては、今は其法の如くならでも害なき事、また其法の守りがたき事などもあるをば、大目に見ゆるしながらも、ひたすら先代の法を廃せん事をば憚りて、其法をばやはり法と立おきて背かざるやうにするは、おのづから本朝のあつき古意にかなひて宜しき事なれば、其事の筋にもよるべきもの也。近来は上より命令ある事をも、下にはゆるがせに心えてこれを守らざる事多く、又しばらくは守る事もあれども、ほどなくくづるる。これ甚あるまじき事也。一度仰付られたる事は、長く堅くこれを守るやうにあらざれば、政道立がたし。
現代語訳
ただし昔定まった法も、年代が久しく移り、世の様子が変わったことにつれて、今はその法のとおりでなくても害のない事や、またその法が守りにくい事などもあるのを、大目に見て許しながらも、ひたすら先代の法を廃することをはばかって、その法をやはり法として立てておき、背かないようにするのは、自然と本朝の厚い古意にかなってよろしい事であるから、その事の筋合いにもよるべきものである。近頃は上から命令のある事でも、下ではいい加減に心得てこれを守らない事が多く、またしばらくは守る事もあるけれども、ほどなく崩れる。これははなはだあってはならない事である。一度仰せ付けられた事は、長く堅くこれを守るようでなければ、政道は立ちがたい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 旧きに依るすべての事、ただ時世のもやうにそむかず、先規の有来りたるかたを守りてこれを治むれば、たとひ少少の弊は有ても大なる失はなきもの也。何事も久しく馴来りたる事は、少少あしき所ありても世人の安んずるもの也。新に始むる事は、よき所有てもまづは人の安んぜざるものなれば、なるべきだけは旧によりて改めざるが国政の肝要也。これ即まことの道にかなへる子細あり。
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『秘本玉くしげ』下 新法は起こすなすべて新法は、これを始めて国のため人のためにもまことに宜しく、末長く行はるるときは、後世までの功にもなることなれども、思ひの外、人も帰服せず、ためにもならず、或は思ひかけぬつまづきなど有て、長くは行ひがたくして、ほどなくこれを止めなどするときは、却て費のみ有て、国政のかろがろしきそしりをも取ること也。随分かしこき人の工夫し出て、大益あらんと思ふ事も、為て見ぬ事は頼みにならぬものにて、思ひの外、最初の料簡のごとくにはゆきがたきものなれば、とにかくに大抵事すまば、旧きにしたがふにしくはなし。
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『秘本玉くしげ』下 法の名ばかりたとひ少々法にははづるることありとも、とかく情実をよく勘へて軽むる方は難なかるべし。さて又異国にては、怒りにまかせてはみだりに死刑に行ひ、貴人といへども会釈もなく厳刑におこなふならひなるに、本朝にては重き人はそれだけに刑をもゆるく当らるるは、これ又ありがたき御事也。何事にても先規よりの法を守るといふは、天下一同の事にてまことによろしきこと也。然れども近来は、これを守るといふはただ名ばかりにて、実は大にくづれて、其法の本意にも背ける事のみ多し。又法は法と立おきて、其法をよけてさはらぬやうに悪事をなす者甚多きを、ただ法だに立ば、いかほど悪事をなす者有てもとがめざる事あり。たとへば関所をこゆればかなはざる者も、ぬけ道をして通ればとがむる事なく、其関をさへ越ざれば見のがすやうのことあり。万の事に此類おほし。
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『秘本玉くしげ』下 そろそろと押へるされば害ながらも俄に禁じがたき事はつねづねに心をつけて、随分長ぜぬやうにはからひ、いつとなくそろそろとこれを押へて、おのづからと止む時節をまつより外なし。万の事は日日に増長することも、思ひの外に又いつとなく衰へゆく時節もあるものなれば、かならず事を急にしてしそんずまじき也。又国のため民のために利益ある事を考へ出して、これを行はんとするも同じ事にて、たとひ利益あるすぢも、新規に俄にこれを行はんとすれば、人も帰服しがたく、又却てそこなひも出来ることあるもの也。とかく人は、久しく馴来りたる事は、少少勝手あしき事も其分にて安じ居るもの也。益ある事も、新規なる事は煩はしく思ふならひなれば、有来りたる事は少少はあしくとも、大抵のことはそのままにて有べし。新規の事は、大抵はまづはせぬがよき也。
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『秘本玉くしげ』下 時世の勢すべて世中の事は、何事もよきもあしきも時世の勢によるものにて、いかほど悪きを除かんとすれども、いかほど善事を行はんとすれども、極意のところは人力には及びがたきものなれば、しひて急にこれを行はんとすべからず。ただつねづね善事はそのかたのくづれぬやうに、止ぬやうにはからひ、悪き事は少少づつも消するやうに、長ぜぬやうにと心がけ、さて又新規に始めんとする事は、よくよく考へて、人人の料簡をもきき、他国の例などをも聞合せ、諸人の帰服するかせぬかをよく勘へて行ふべし。
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『秘本玉くしげ』下 役替えで消える善政又それぞれうけとりたる役義をば、自分の身のうへの事にして、随分身を入て働くべき事なるに、左様の人は少なくて、ただ不調法さへなければよしとし、又吾役の内不調法なくてさへすめば、跡はいかやうになりてもかまはずして、身分のための用心をのみ第一にして、役義のための事は思はず。又さまざま心ある人の、役の内にあしき事を直し、よき事を始めおきなどしても、其人役替有てのけば、其跡役の人は身に入て世話もせぬ故、たちまちきえうせて、よき事を始めおきたるが益なく、又本のくくり所にしまりなければ、下は心々別々のやうになりて、たとへば先役人の時に堅く約束したる事も、其人かはれば跡役の人はそれを用ひず、その約束の事も云がたきやうになる。これら大にあるまじき事也。何国にても役人は下々のためには殿様も同前なれば、たとひ其人はいくたり替るとも、前に一度約しおかれたる事は決して変ずまじきはづ也。
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