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秘本玉くしげ / 下 政務は家老から

一國の政道は、万事家老たる人人心を一致にして其元をよくしめくくり、其趣を以て次次下下の諸役人まで、一國の諸事のはからひみな一致するやうに有べき事也。然るに近來他國の樣子をうけ玉はるに、御大家などは、まづ家老たる人人はさのみ國內の政事にこまかにはかかはられずして、次なる役人その元をしめくくりて取はからはるるとかや。これ宜しからぬ事也。何事によらず、元のしめくくり、政務の出る所は、家老たる人たるべし。惣じて重き所より出たる事は、傍よりも妨げがたく、下下の受る心持も格別にて、諸事しまり宜しきもの也。次なる人にては憚るところ有て、諸事のはからひ十分に伸がたく、又下の受る心持も違ひて、取しまりがたく一致しがたきもの也。もし一國の政事一致せずして、たとへばここの役所の趣とかしこの役所の趣とは相違して、同じ一國內の政とも見えず、本の出る所異なるが如くにては、政事とりしまりがたし。これその本のくくりの所のしまりわろきがゆゑ也。

新字:一国の政道は、万事家老たる人人心を一致にして其元をよくしめくくり、其趣を以て次次下下の諸役人まで、一国の諸事のはからひみな一致するやうに有べき事也。然るに近来他国の様子をうけ玉はるに、御大家などは、まづ家老たる人人はさのみ国内の政事にこまかにはかかはられずして、次なる役人その元をしめくくりて取はからはるるとかや。これ宜しからぬ事也。何事によらず、元のしめくくり、政務の出る所は、家老たる人たるべし。惣じて重き所より出たる事は、傍よりも妨げがたく、下下の受る心持も格別にて、諸事しまり宜しきもの也。次なる人にては憚るところ有て、諸事のはからひ十分に伸がたく、又下の受る心持も違ひて、取しまりがたく一致しがたきもの也。もし一国の政事一致せずして、たとへばここの役所の趣とかしこの役所の趣とは相違して、同じ一国内の政とも見えず、本の出る所異なるが如くにては、政事とりしまりがたし。これその本のくくりの所のしまりわろきがゆゑ也。

書き下し

一国の政道は、万事家老たる人々心を一致にして其元をよくしめくくり、其趣を以て次々下々の諸役人まで、一国の諸事のはからひみな一致するやうに有べき事也。然るに近来他国の様子をうけ玉はるに、御大家などは、まづ家老たる人々はさのみ国内の政事にこまかにはかかはられずして、次なる役人その元をしめくくりて取はからはるるとかや。これ宜しからぬ事也。何事によらず、元のしめくくり、政務の出る所は、家老たる人たるべし。惣じて重き所より出たる事は、傍よりも妨げがたく、下々の受る心持も格別にて、諸事しまり宜しきもの也。次なる人にては憚るところ有て、諸事のはからひ十分に伸がたく、又下の受る心持も違ひて、取しまりがたく一致しがたきもの也。もし一国の政事一致せずして、たとへばここの役所の趣とかしこの役所の趣とは相違して、同じ一国内の政とも見えず、本の出る所異なるが如くにては、政事とりしまりがたし。これその本のくくりの所のしまりわろきがゆゑ也。

現代語訳

一国の政道は、万事家老である人々が心を一つにしてその大元をよく締めくくり、その趣旨をもって次々と下々の諸役人に至るまで、一国の諸事の取り計らいがみな一致するようにあるべきである。ところが近頃、他国の様子を伺うと、大家などでは、まず家老である人々はそれほど国内の政事に細かく関わられず、次の役の者がその大元を締めくくって取り計らわれるとのことである。これはよろしくない。何事によらず、大元の締めくくり、政務の出る所は家老であるべきである。総じて重い所から出た事は、脇からも妨げにくく、下々の受け取る心持ちも格別で、諸事の締まりがよいものである。次の役の者では遠慮するところがあって、諸事の取り計らいが十分に伸びにくく、また下の受け取る心持ちも違って、取り締まりにくく一致しにくいものである。もし一国の政事が一致せず、たとえばこちらの役所の趣旨とあちらの役所の趣旨とが食い違って、同じ一国の内の政とも見えず、もとの出所が異なるかのようでは、政事は取り締まりがたい。これはその大元の締めくくりのところの締まりが悪いためである。

解説

宣長は、政務の出所を家老に一本化せよと献言する。当時の大藩では家老が細かな政事から手を引き、その下の役人が実務を仕切ることが多かった。宣長はこれをよろしくないと断じる。重い所から出た命は脇から妨げられにくく、受け取る下の者の心持ちも違う。次席の者では遠慮が働いて施策が伸びず、役所ごとに趣旨が食い違い、一国の政とも見えなくなる。紀州藩のような大藩に向けた、組織の頂点が意思決定を手放すことへの警告である。いまの会社でも、役員が現場の方針を部長任せにし、部署ごとに言うことが違う、という事態は起こっていないか。

この章句が説くこと

家老政道一致締めくくり統治

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