秘本玉くしげ / 下 私の切腹を禁ず
願はくは此ならひをば停めまほしき事なれば、御先代に天下一同に追腹殉死を禁ぜられたる如く、此切腹の事も、上より仰付らるるの外は、私に切腹する事をば堅く禁止せらるべき也。誰とても一時のあやまち、思ひはからぬ不調法は、あるまじきにあらざれば、さのみ深く咎むべきにもあらず、いささかの事にて一命をすつるには及ぶまじきこと也。すべて少しの事にても品によりて切腹するならひは、もと戰國の風也。さて又、上の事をあまりおもおもしく取扱ふならひなる故、すこしの不調法をしても身のたたぬやうに思ふから也。惣じて何事によらず、主君へ對してただいささかの不調法ありても重くとがむるならひなれ共、其すぢによりて、大かた心より外にあやまりてせる事は、大抵の事は宥免せらるべき也。かやうの事を至て嚴重にするも一つの法にてはあれども、今の世のならひを見れば、あまり嚴に過たることも多き也。
新字:願はくは此ならひをば停めまほしき事なれば、御先代に天下一同に追腹殉死を禁ぜられたる如く、此切腹の事も、上より仰付らるるの外は、私に切腹する事をば堅く禁止せらるべき也。誰とても一時のあやまち、思ひはからぬ不調法は、あるまじきにあらざれば、さのみ深く咎むべきにもあらず、いささかの事にて一命をすつるには及ぶまじきこと也。すべて少しの事にても品によりて切腹するならひは、もと戦国の風也。さて又、上の事をあまりおもおもしく取扱ふならひなる故、すこしの不調法をしても身のたたぬやうに思ふから也。惣じて何事によらず、主君へ対してただいささかの不調法ありても重くとがむるならひなれ共、其すぢによりて、大かた心より外にあやまりてせる事は、大抵の事は宥免せらるべき也。かやうの事を至て厳重にするも一つの法にてはあれども、今の世のならひを見れば、あまり厳に過たることも多き也。
書き下し
願はくは此ならひをば停めまほしき事なれば、御先代に天下一同に追腹殉死を禁ぜられたる如く、此切腹の事も、上より仰付らるるの外は、私に切腹する事をば堅く禁止せらるべき也。誰とても一時のあやまち、思ひはからぬ不調法は、あるまじきにあらざれば、さのみ深く咎むべきにもあらず、いささかの事にて一命をすつるには及ぶまじきこと也。すべて少しの事にても品によりて切腹するならひは、もと戦国の風也。さて又、上の事をあまりおもおもしく取扱ふならひなる故、すこしの不調法をしても身のたたぬやうに思ふから也。惣じて何事によらず、主君へ対してただいささかの不調法ありても重くとがむるならひなれ共、其すぢによりて、大かた心より外にあやまりてせる事は、大抵の事は宥免せらるべき也。かやうの事を至て厳重にするも一つの法にてはあれども、今の世のならひを見れば、あまり厳に過たることも多き也。
現代語訳
願わくはこの習わしをやめさせたいものであるから、御先代(先の将軍の代)に天下一同に追腹・殉死を禁じられたのと同じように、この切腹のことも、上から命じられる場合のほかは、私に切腹することを堅く禁止なさるべきである。誰であっても一時の過ちや、思いがけない不調法はあり得ないことではないから、それほど深く咎めるべきでもなく、わずかな事で一命を捨てるには及ばないことである。総じて少しの事でも事柄によって切腹する習わしは、もとは戦国の風である。さてまた、上の事をあまりに重々しく扱う習わしであるために、少しの不調法をしても身が立たないように思うからである。総じて何事によらず、主君に対してほんのわずかな不調法があっても重く咎める習わしであるが、その筋合いによって、おおかた心ならずも誤ってしてしまった事は、たいていの事なら許されるべきである。このような事をきわめて厳重にするのも一つの法ではあるけれども、今の世の習わしを見ると、あまりに厳しすぎることも多い。
解説
この章句が説くこと
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