正法眼蔵随聞記 / 巻二
我れ若かりし時、諸方の長老を歷觀せしに、ある長老此の如く勸めて云く、巳前は眠る僧をば拳も缺けなんとするほどに打ちたるが、今は老後になりてちからよはくなりて、つよくも打ち得ざるほどに、よき僧も出來らざるなり、諸方の長老も坐を緩く勸る故に、佛法は衰微せるなり、我は彌よ打べきなりとのみ示されしなり、
新字:我れ若かりし時、諸方の長老を歴観せしに、ある長老此の如く勧めて云く、巳前は眠る僧をば拳も欠けなんとするほどに打ちたるが、今は老後になりてちからよはくなりて、つよくも打ち得ざるほどに、よき僧も出来らざるなり、諸方の長老も坐を緩く勧る故に、仏法は衰微せるなり、我は弥よ打べきなりとのみ示されしなり、
書き下し
我れ若かりし時、諸方の長老を歴観せしに、ある長老此の如く勧めて云く、巳前は眠る僧をば拳も欠けなんとするほどに打ちたるが、今は老後になりてちからよはくなりて、つよくも打ち得ざるほどに、よき僧も出来らざるなり、諸方の長老も坐を緩く勧る故に、仏法は衰微せるなり、我は弥よ打べきなりとのみ示されしなり、
現代語訳
わたしが若かった時、諸方の長老を歴訪して見たところ、ある長老がこのように勧めて言った。以前は眠る僧を、拳が砕けそうになるほど打ったものだが、今は老後になって力が弱くなり、強くも打てないので、よい僧も出てこないのである。諸方の長老も坐を緩やかに勧めるゆえに、仏法は衰微しているのである。わたしはいよいよ打つべきである、と、そればかりを示されたのである。
解説
如浄自身の若い日の見聞が語られる。力が衰えて強く打てないから、よい僧が出ないと言う老長老の言葉は、厳しさと成果を率直に結びつけている。この見聞があったからこそ如浄は打ち続けたのだという流れになっており、厳しさが個人の性格ではなく受け継がれた判断であることが分かる。
この章句が説くこと
厳しさ坐禅衰微長老伝承叱責
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