秘本玉くしげ / 下 書物では知れぬ
學問をし玉へば、書物のうへにて大抵下下の役人の事、民間の事も、おほだたいの所はしるることなれ、當時のこまかなる趣は、中中書物のうへなどにてしるることにあらず。下下には上の御存じよりもなき事共のさまざまある也。されば、ただ書物のうへの一通りの趣を以てはからひては、思召す旨とは違ふこと多かるべし。たとへば、上には深く下をいたはり玉ふ御心にて、いささかにても民のいたみとならぬやうにとおぼしめしても、其通りに下へはとほりがたし。他國の樣子をうけたまはるに、下下の取はからひは上の思召とは大に相違することのある樣子なりとかや。その下のくはしき樣子は上には御存知のなければ、ただ仰出されたる通りにゆく事とおぼしめすなるべし。又下より願ふ筋なども、とかくに中途にて滯りて、上へはとほりがたき事がち也。これら皆、上のあまりおもおもしくして遠き故の失也。小身の御大名などは、さほどにはあらぬこともあるべけれど、御大家ほど此失は多き也。
新字:学問をし玉へば、書物のうへにて大抵下下の役人の事、民間の事も、おほだたいの所はしるることなれ、当時のこまかなる趣は、中中書物のうへなどにてしるることにあらず。下下には上の御存じよりもなき事共のさまざまある也。されば、ただ書物のうへの一通りの趣を以てはからひては、思召す旨とは違ふこと多かるべし。たとへば、上には深く下をいたはり玉ふ御心にて、いささかにても民のいたみとならぬやうにとおぼしめしても、其通りに下へはとほりがたし。他国の様子をうけたまはるに、下下の取はからひは上の思召とは大に相違することのある様子なりとかや。その下のくはしき様子は上には御存知のなければ、ただ仰出されたる通りにゆく事とおぼしめすなるべし。又下より願ふ筋なども、とかくに中途にて滞りて、上へはとほりがたき事がち也。これら皆、上のあまりおもおもしくして遠き故の失也。小身の御大名などは、さほどにはあらぬこともあるべけれど、御大家ほど此失は多き也。
書き下し
学問をし玉へば、書物のうへにて大抵下下の役人の事、民間の事も、おほだたいの所はしるることなれ、当時のこまかなる趣は、中中書物のうへなどにてしるることにあらず。下下には上の御存じよりもなき事共のさまざまある也。されば、ただ書物のうへの一通りの趣を以てはからひては、思召す旨とは違ふこと多かるべし。たとへば、上には深く下をいたはり玉ふ御心にて、いささかにても民のいたみとならぬやうにとおぼしめしても、其通りに下へはとほりがたし。他国の様子をうけたまはるに、下下の取はからひは上の思召とは大に相違することのある様子なりとかや。その下のくはしき様子は上には御存知のなければ、ただ仰出されたる通りにゆく事とおぼしめすなるべし。又下より願ふ筋なども、とかくに中途にて滞りて、上へはとほりがたき事がち也。これら皆、上のあまりおもおもしくして遠き故の失也。小身の御大名などは、さほどにはあらぬこともあるべけれど、御大家ほど此失は多き也。
現代語訳
学問をなさるので、書物の上でたいてい下々の役人の事、民間の事も、おおよその所は知ることができるが、当節の細かな実情は、なかなか書物の上などで知ることのできるものではない。下々には上がご存じもない事どもがさまざまあるのである。だから、ただ書物の上のひととおりの趣でお計らいになっては、お思いになる趣旨とは違うことが多いだろう。たとえば、上は深く下をいたわりなさるお心で、少しでも民の痛みにならないようにとお思いになっても、そのとおりには下へは通りにくい。他国の様子をうかがうと、下々の取り計らいは上のお考えとは大いに相違することがある様子だとか。その下の詳しい様子は上ではご存じないので、ただ仰せ出されたとおりに行われることとお思いになるのだろう。また下から願う筋なども、とかく途中で滞って、上へは通りにくいことが多い。これらはみな、上があまりに重々しくて遠いゆえの失である。小身の御大名などは、それほどではないこともあるだろうけれど、御大家ほどこの失は多いのである。
解説
この章句が説くこと
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