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秘本玉くしげ / 上 定まれる禄

惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて國政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる祿なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる祿あれば、其分限相應にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御收納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手當はなくてかなはぬ事。又公儀の御手傳などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手當も有べき事なり。又凶年などに御領內の民をば隨分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。

新字:惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて国政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる禄なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる禄あれば、其分限相応にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御収納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手当はなくてかなはぬ事。又公儀の御手伝などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手当も有べき事なり。又凶年などに御領内の民をば随分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。

書き下し

惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて国政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる禄なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる禄あれば、其分限相応にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御収納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手当はなくてかなはぬ事。又公儀の御手伝などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手当も有べき事なり。又凶年などに御領内の民をば随分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。

現代語訳

総じて大名の御身分があまりに重々しいために、御出費がおびただしいのは勿論のことで、またこれによって国政の妨げとなることが何につけても多い。そのわけはその所々で申し上げよう。そもそも下民は定まった禄がないので、困窮に及ぶ者が多いのも道理であるが、武士は定まった禄があるので、その分限相応にさえ暮らせば逼迫することはないはずの道理である。大名方も折々凶作や水害などがあって御収納が減ることもあるが、これらは昔からあることで今始まったことではないので、常々その御手当て(備え)がなくては済まないことである。また公儀の御手伝い(普請)などで過分の御出費があるのも、これも決まったことであるから、常にその手当てもあるべきことである。また凶年などに御領内の民を十分しっかりと救われて、一人も飢えや寒さに至らないように取り計らわれるべきはずで、これも決まったことである。さて御軍用の蓄えは申すにも及ばないことである。

解説

大名の財政に、宣長は明快な物差しを当てる。百姓や町人は定まった禄がないから困窮するのも道理だが、武士には定まった禄がある。分限相応に暮らせば逼迫するはずがない。凶作や水害は昔からあることであり、幕府の御手伝普請も決まったことだから、常に手当てしておくべきである。凶年に領民を一人も飢えさせないよう救うのも、軍用の蓄えも、大名の定まった務めだと並べる。天明の飢饉のさなかに書かれたことを思えば、領民の救済を「定まれる事」と言い切る重みは大きい。想定外と言われる出費の多くは、実は毎年のように起きている。繰り返し起きる事態への備えを、予算の外に置いたままにしていないだろうか。

この章句が説くこと

禄分限凶年手当て備え

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