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秘本玉くしげ / 上 収納十倍でも足らず

すべてつねづね右の事共の手當をも丈夫にして、其餘のところをはかりて年年の御用脚をまかなひ玉はんには、格別の御逼迫はあるまじき道理なるに、右の御手當ども行とどきがたきのみならず、あまつさへ年年定まれる御まかなひさへ出來がたき家家の多きはいかなる事ぞや。古へは下民より上る物、今の年貢にくらぶれば甚いささかなることにて有し時代すら、今の如く上の逼迫し玉ふ事はなくして、民を救ひ玉ふ筋も隨分ゆきとどきて、凶年なれば年貢をも或は半分も減ぜられ、時によりては皆ながらも免し玉へる事も有て、またそれぞれの御手當などもよく出來てとほりし也。然るに今は、臨時に年貢を過分に免し玉ふこともなく、惣体の御收納も古へには十倍せるに、なほ用脚の足らざるは、惣体の事の取扱ひあまりにおもおもしく、無益の事繁多にして、御物入の過分に多きが故ならずや。さて中下の武家の多く內證困窮するも、又同じく分限不相應に身分重重しく、諸事花美になりて物入多き故也。

新字:すべてつねづね右の事共の手当をも丈夫にして、其余のところをはかりて年年の御用脚をまかなひ玉はんには、格別の御逼迫はあるまじき道理なるに、右の御手当ども行とどきがたきのみならず、あまつさへ年年定まれる御まかなひさへ出来がたき家家の多きはいかなる事ぞや。古へは下民より上る物、今の年貢にくらぶれば甚いささかなることにて有し時代すら、今の如く上の逼迫し玉ふ事はなくして、民を救ひ玉ふ筋も随分ゆきとどきて、凶年なれば年貢をも或は半分も減ぜられ、時によりては皆ながらも免し玉へる事も有て、またそれぞれの御手当などもよく出来てとほりし也。然るに今は、臨時に年貢を過分に免し玉ふこともなく、惣体の御収納も古へには十倍せるに、なほ用脚の足らざるは、惣体の事の取扱ひあまりにおもおもしく、無益の事繁多にして、御物入の過分に多きが故ならずや。さて中下の武家の多く内証困窮するも、又同じく分限不相応に身分重重しく、諸事花美になりて物入多き故也。

書き下し

すべてつねづね右の事共の手当をも丈夫にして、其余のところをはかりて年年の御用脚をまかなひ玉はんには、格別の御逼迫はあるまじき道理なるに、右の御手当ども行とどきがたきのみならず、あまつさへ年年定まれる御まかなひさへ出来がたき家家の多きはいかなる事ぞや。古へは下民より上る物、今の年貢にくらぶれば甚いささかなることにて有し時代すら、今の如く上の逼迫し玉ふ事はなくして、民を救ひ玉ふ筋も随分ゆきとどきて、凶年なれば年貢をも或は半分も減ぜられ、時によりては皆ながらも免し玉へる事も有て、またそれぞれの御手当などもよく出来てとほりし也。然るに今は、臨時に年貢を過分に免し玉ふこともなく、惣体の御収納も古へには十倍せるに、なほ用脚の足らざるは、惣体の事の取扱ひあまりにおもおもしく、無益の事繁多にして、御物入の過分に多きが故ならずや。さて中下の武家の多く内證困窮するも、又同じく分限不相応に身分重重しく、諸事花美になりて物入多き故也。

現代語訳

総じて常々、右のことどもの手当ても丈夫にして、その残りのところを計って年々の御費用をまかなわれるならば、格別の御逼迫はないはずの道理であるのに、右の御手当てどもが行き届きにくいばかりでなく、そのうえ年々の決まった御まかないさえできにくい家々が多いのはどういうことか。昔は下民から上納する物が今の年貢に比べればたいへんわずかなことであった時代でさえ、今のように上が逼迫されることはなくて、民を救われる筋も十分行き届き、凶年であれば年貢をあるいは半分も減らされ、時によってはすべてお免じになったこともあって、またそれぞれの御手当てなどもよくできて通ったのである。それなのに今は、臨時に年貢を過分にお免じになることもなく、総じての御収納も昔には十倍しているのに、なお費用が足らないのは、総じて事の取り扱いがあまりに重々しく、無益の事が繁多で、御出費が過分に多いためではないか。さて中・下の武家が多く内証(家計)が困窮しているのも、また同じく分限不相応に身分が重々しく、諸事が華美になって出費が多いためである。

解説

前段の物差しで今の大名家を測ると、矛盾がはっきりする。凶作や普請や軍用の手当てを先に確保し、残りで年々の費用をまかなえば逼迫しないはずなのに、手当てどころか毎年の経常の費用さえまかなえない家が多い。昔は年貢がずっと軽かったのに、凶年には年貢を半減し、時には全免して民を救えた。今は収納が昔の十倍なのに、臨時の減免もせず、それでも足りない。原因は取り扱いの重々しさと無益な事の多さにある、と宣長は重ねて言う。中下の武士の困窮も同じ根から来る。売上が何倍にもなったのに、かつてはできた社員や顧客への還元ができなくなっていないだろうか。

この章句が説くこと

年貢収納逼迫減免武家

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