日暮硯 / 『日暮硯』信心深く客をもてなす暮らし
一、木工は國の政道に正直を用ふるのみにあらず、信心を第一にして、君へも勤め、自身には猶以て佛神を信仰し、平日歸依僧を請じて供養をし、先祖の追福を厚く祈り、自身にも日課念佛を勤め、後生菩提を願ふことまめやかなること、希代不思議の賢人なり。折節また、歸依僧自宅に見え候へば、長く留めて饗應す、其の仔細を尋ぬれば、平生飯と汁より外は家來共に喰はせず候故、御客の節は御相伴と唱へ、家來へも菜を拵らへ喰せ候故、客有れば家內中皆々悅び、御客を留めて饗應するを厭はずとかや。出家の相伴には、木工ばかり精進し、勝手へは魚鳥を澤山に遣はせ座敷三菜なれば、下迄も三菜、五菜なれば下迄も五菜にして喰はせよ、と毎度言ひ付けられし由、親しく見たる人の物語りなり、此の如く、萬事に行き渡り、慈悲心の深き事、類ひ稀なる仁者なり。
新字:一、木工は国の政道に正直を用ふるのみにあらず、信心を第一にして、君へも勤め、自身には猶以て仏神を信仰し、平日帰依僧を請じて供養をし、先祖の追福を厚く祈り、自身にも日課念仏を勤め、後生菩提を願ふことまめやかなること、希代不思議の賢人なり。折節また、帰依僧自宅に見え候へば、長く留めて饗応す、其の仔細を尋ぬれば、平生飯と汁より外は家来共に喰はせず候故、御客の節は御相伴と唱へ、家来へも菜を拵らへ喰せ候故、客有れば家内中皆々悦び、御客を留めて饗応するを厭はずとかや。出家の相伴には、木工ばかり精進し、勝手へは魚鳥を沢山に遣はせ座敷三菜なれば、下迄も三菜、五菜なれば下迄も五菜にして喰はせよ、と毎度言ひ付けられし由、親しく見たる人の物語りなり、此の如く、万事に行き渡り、慈悲心の深き事、類ひ稀なる仁者なり。
書き下し
一、木工は國の政道に正直を用ふるのみにあらず、信心を第一にして、君へも勤め、自身には猶以て佛神を信仰し、平日歸依僧を請じて供養をし、先祖の追福を厚く祈り、自身にも日課念佛を勤め、後生菩提を願ふことまめやかなること、希代不思議の賢人なり。折節また、歸依僧自宅に見え候へば、長く留めて饗應す、其の仔細を尋ぬれば、平生飯と汁より外は家來共に喰はせず候故、御客の節は御相伴と唱へ、家來へも菜を拵らへ喰せ候故、客有れば家內中皆々悅び、御客を留めて饗應するを厭はずとかや。出家の相伴には、木工ばかり精進し、勝手へは魚鳥を澤山に遣はせ座敷三菜なれば、下迄も三菜、五菜なれば下迄も五菜にして喰はせよ、と毎度言ひ付けられし由、親しく見たる人の物語りなり、此の如く、萬事に行き渡り、慈悲心の深き事、類ひ稀なる仁者なり。
現代語訳
一、木工は、国の政道に正直を用いるだけでなく、信心を第一にして、君にも勤め、自身はなおさら仏神を信仰し、普段から帰依している僧を招いて供養をし、先祖の追善を厚く祈り、自分でも日課の念仏を勤め、後生菩提を願うことが誠実であるのは、世に希な不思議な賢人である。折々また、帰依僧が自宅に見えると、長く留めてもてなす。その訳を尋ねると、普段は飯と汁のほかは家来たちに食べさせないので、客の際はご相伴といって、家来にも菜を拵えて食べさせるため、客があれば家中の皆が喜び、客を留めてもてなすのを嫌がらないということである。出家の相伴には、木工だけが精進し、台所へは魚や鳥をたくさん遣わし、座敷が三菜なら下まで三菜、五菜なら下まで五菜にして食べさせよ、と毎度言いつけられたとのこと、親しく見た人の物語である。このように万事に行き渡り、慈悲心の深いことは、類い稀な仁者である。
解説

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日暮硯・『日暮硯』楽しめと言い自分は質素一、木工殿は、家中を初め、御領分中へ、相應には樂みをせよとて、慰めには博奕なりとも、何にても好きたる事をして樂しめと、一向言ひきかせて、自分には、隨分質素に暮し、子供に迄飯と汁より外は菜を喰はせず、文學、武藝を第一に稽古させ自分は文武の稽古の外に、專ら佛神を信仰して、現當二世を祈り、又御前へも、「治世亂世ともに文武兩道は武士の常にて御座候へば、片時もわすれては相成らざる儀に御座候間、隨分御學文を遊ばされ、武藝は倘ほ以て晝夜とも御はげみ遊ばされ候へ、其の上佛神の御加護に御座なく候ては、諸願果て申さず候、不信心なれば苦難多く御座候間、御信心も遊ばされ、佛神の御加護を御祈り遊ばされ候事、是又武士たる者平生心掛けの一大事にて御座候」と申上候へば、公にも甚だ御悅氣にて、夫れより益々御信心御增進遊ばされ、文武兩道共、一入御出精遊ばさるゝゆへ、誰教ゆるとなしに、幼少の子供まで、文武兩道に精力を盡し、禁ぜずして博奕するもの一人も無く、自ら御家中も裕福に成り、盜みするものなければ、公の御勝手も忽ちに直り、五ヶ年立たぬうちに、御金も夥しく出來、御領へも利安にて御貸金が出で候故、自然と御領分も豐かに相成り、諸人歡び樂しみ暮すとかや、實に有り難き御政道なり。
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日暮硯・『日暮硯』家来も親類も約束で固める「イヤ其の分にても相濟まず、家來共に暇を出し候上は、無人ゆゑ飯もたかねばならぬなり、水も汲まねばならぬなり」「成る程、飯を焚きし事はなけれども、焚き習ひ候て、飯もたき、水も汲み申すべく候」「彌々それに目違なきや」「誓言にて御座候」「然らば去るに及ばず、女房にして置くべし、扨て子供は何方へなりとも立ち退くべく候、路銀は相應に吳れて出すべし」と申され候へば、「私も噓は申すまじく候、飯と汁とより外は給べ申すまじく候、綿服を着申すべく候間、御勘當は御免下されたく」と申されければ、「彌々左樣に候や」「成ほど誓言にて御座候」「彌々左樣に候はゞ、我が子にして置べし」「家來共立ち出でよ」「私共もうそを申まじく、御飯と汁より外、給べ申すまじく候間、何とぞ御差置下され候樣願ひ奉り候、旦那樣より御暇を受け候はゞ何方へ參り候とも、奉公は相成り申す間じく候、其の譯は、彼等は木工殿にて、うそを言ふ事相成らず、飯と汁より外は菜を喰べる事相成らず候故、暇を取つて出たる者共なれば、何の用にも立つまじきものと申す事にて、召し抱へらるる御方有るまじく候、此の上の御慈悲には、何卒、御差置き被下度、有り難き仕合に存じ奉るべく候」と願ひ候へば、木工、「うそを言はず、飯と汁より外喰はぬ事合點ならば、召遣ふなり、お身達に暇を遣はしても、又抱へねばならぬは人なり、仍つて給金は、只今の通り遣はすべく候間、奉公大切に相勤むべく候」「イヤ御給金は御貰ひ申すに及ばず候、食物は旦那樣より下され候なり、着物は當分着候程は所持仕り候、なくなり候はゞ、旦那樣の御古なりとも拜領仕り候て着申すべく候、左候へば、御給金も頂戴に及び申さず候」「イヤとよ、我は知行千石なるに、飯と汁より外喰はぬ積りにて、何も入り用なければ、家來どもへは給金を出し、家內の入用を引いて、殘りは御上へ差上候より外に考へなし、おみ達は、妻子を養育する身なれば、給金は遣すべく候間、左樣に相心得候へ」と申され候へば、有り難き仕合に存じ奉り候と、皆々お請け致し候ひける。 扨て又木工、「親類中には彌々義絕成し下さるべくや」「イヤ拙者共もうそは一向に申間敷候」「イヤ各々方、御家內の儀は御勝手次第に成さるべく候、各々方さへうそを相止められ候へば、手前の邪魔になる筋はこれ無く候間、義絕に及ばず候」「それは忝き仕合に候」と、互に挨拶して、親類中も各々歸宅致され候。右の通り、江戶より歸國早々、家內竝びに自分の親類を最初に固められ候は、前代未聞の賢人なり。
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日暮硯・『日暮硯』噓を言わぬための条件木工申され候は、「譯を申したりとも、皆々得心これ有る間敷、申すも無益と差し控へ候へども、各々達て譯を聞くとの事なれば、成る程申すべく候。先づ第一手前、向後噓を一切申さゞる合點に候、然るに女房を初め、子供竝びに家來共、親類中、噓を申され候へば、木工はうそを言はぬと申さるれども、親しき親類を初め、家內のものがあの通りなれば、木工からして合點ゆかずと人は疑ひ申すべく候、さすれば此役儀も相勤り申さず候、依つて女房を去り、子供を勘當し、家來に暇を遣し、親類中と義絕致す事に候。其の上、平生飯と汁より外は、香の物も菜なれば給べ申さぬつもりにて候、又着物も、直ぐに木棉と思へども、有る物をおいて新しくこしらへ候も費へ故、ある物は着て新らしく拵へ候節は、木棉ものゝ外は着用致さゞるつもりに候、女房共は、定めて唯今の通り、噓も言ひたかるべく、菜も喰べたかるべく、木棉物は着にくかるべし、然れば女房にしては置き難く候間、早く親元へ立歸るべし」と申され候、其時內室申され候には、「噓を言はず、飯と汁より外は給べず、木棉さへ着候へば、離別せずとも御邪魔には相成らず候や」、「如何にも其の通り」、「左候はゞ、噓も申すまじく、飯と汁より外は菜も給べ申間じく、木棉物も着申すべく候間、矢張り御差置下され候樣願ひ奉る」と申され候へば、
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日暮硯・『日暮硯』勝手は直ると殿へ言上扨て百姓相談の上、名主、長百姓等、御役所へ罷り出で、「先達て仰せ渡され候趣、惣百姓へ申し聞け候處、皆々有難がり候て、當年貢の儀は勿論、二年分なりとも差し上げ申すべく候間、何時なりとも御用次第に仰せ付け下され候樣仕りたくと一同相願ひ申候間、左樣思召下さるべく候」と申上候へば、木工殿申され候は、「先づ以て手前が申す趣き、惣百姓迄、皆々得心し吳れ、甚だ滿足致し候、皆のかげにて、手前も首尾よく御役相勤め、痛い目にも逢はず、皆是れ百姓中のかげなり、過分千萬に存じ候、それのみならず二年分なりとも上納致すべしとの事、惣百姓の志、上聞に達しなば、御前もさぞ御滿足遊ばさるべし、去り乍ら、當御年貢さへ納めて吳れば十分に候、二年分上納には及ばず候、惣百姓中の志、過分千萬、殘らず上聞に達すべく候間、其の段、能々申し聞けべく候、さて又皆々、隨分家業に油斷なく出精すべし、家業に疎なるものは天下の罪人なり、家業を出精して餘分あらば、分限相應の樂みは如何なる儀にても苦しからず候、家業に出精の上たのしむ事ならば、慰みには、淨瑠璃、三味線、博奕なりとも、好きたる事をして樂むべし、然し博奕は、天下一統御法度なり、若し商賣に致すものこれ有るに於ては、屹度曲事に申し付くべし、吳々も博奕を商賣に致す儀は、公儀御法度なれば、屹度相愼み申すべく候、慰みに致す分は苦しからず候間、豫て左樣可相心得候、すべて人は、分限相應の樂みがなくては、精も出で難きものなり、精も出すべし、樂みもすべし、其の上第一に信心もすべし、神佛を信仰する心なくば、さいなん多きものなり、依つて神佛を能く信仰して、現當二世を祈るべし、偖て又先達て申し付け候書付、相認め、持參致候や」と申され候へば、「成る程、持參仕候」と差出す、「手前が見るにあらず、御前の御覽に入れるなり、皆々歸つて出精せよ」とて、一同を歸されける。其の後木工、御前へ出で申し上げ候は、先づ以て御悅び遊ばさるべく候、御勝手は十分に相直り申すべく候。其の譯は、御借用金は殘らず橫に寢て仕舞ひ、無借金となり候上に、當年より十萬石、丸々納り(月割故也)一粒が損失御座なく候筈故、御勝手は、十分に相調ひ申し候上に、一人も御上を御恨み申す者御座なく、却つて有り難がり候て、御年貢は二年分なりとも差し上げ申すべしと申し、當月より滯りなく御年貢上納仕る筈に御座候、是れ皆御前の御仁心深き故の御尊德に御座候」と申上げれば、御前にも殊の外御滿足にて、「是れ我が德にあらず、皆其の方の働き、莫大の勳功、金石にも銘ずべき忠勤なり」と御稱美遊ばされ候へば、木工は有り難き御意を謝し、「扨て又是は百姓共相認候ものに御座候間、ひそかに御覽遊ばさるべく候」と申上げ、封書を呈し退出す。
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日暮硯・『日暮硯』童子まで続く稽古の日課評に曰、木工御役儀、去年迄五ヶ年なれ共、御勝手も直り、御金も夥しく出來候素より聚歛がましき事徵塵もなく、下を憐愍して困窮をすくひ、上を大切にして忠義を盡し、諸人の難儀なき樣に慈悲を本とす、誠に有り難き事ならずや。又家中は七八歲の童子も、明け六つ時に御馬屋へ行き、御馬をかりて五つ時迄を馬に乘り、朝飯後には、四つ時迄手習をし、それより半時、劒術稽古にかゝり、夫れより半時の間休息し、此の間に碁將棋など慰みにするなり、九つ時より弓鐵砲の稽古、七つ時より槍の稽古、夕飯後より十露盤、夜五つ時より四つ時まで諸稽古、或は一時、或は半時替りに、明け六つ時より夜の四つ時迄の內、只半時の休息にて、色々稽古しつめ居候へ共、半時づゝにて所作替り候故、退屈もせず、皆々出精致し候故、松代の御家中は、子供まで諸藝に達し、幼少より馬もよく乘り候由、又遊び候間のこれ無き故、博奕が間敷惡しき慰みは、一向これ無く、自然と御家中に、無益の物入りなく、奢が關敷事なき故、勝手皆々よろしく、彌々盜みなどするものこれ無き由、有り難き御事どもなり。
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『肝要工夫録』・神仏への信心神佛を信心すべきこと、おのれが心を正直にして、天照皇太神宮、東照宮、家の鎭守あらば其神なり。又佛といふは、我が先祖なり。その餘は、聖人のいたく戒め給ふ、其鬼に非ずして之を祭るは諂ふといふ者なり。されば月々前日より愼みて、十七日には、上野御宮、又は芝安國殿へ拜禮に出づべき事なり、(安國殿は、卑賤のものといへども、參詣出來ることなり。)また己が先祖の墓所へ月々に參詣し、朝暮には佛間に拜し、物の初穗など備へて、在すがごとく尊信すべきことなり。和論語の神詫を見るに、何れの神慮も慈悲と正直の二つに過ぎず、故に邪の願をなして、慈悲正直のこころなきものは、何ぞ利益のあるべきか。