日暮硯 / 『日暮硯』噓を言わぬための条件
木工申され候は、「譯を申したりとも、皆々得心これ有る間敷、申すも無益と差し控へ候へども、各々達て譯を聞くとの事なれば、成る程申すべく候。先づ第一手前、向後噓を一切申さゞる合點に候、然るに女房を初め、子供竝びに家來共、親類中、噓を申され候へば、木工はうそを言はぬと申さるれども、親しき親類を初め、家內のものがあの通りなれば、木工からして合點ゆかずと人は疑ひ申すべく候、さすれば此役儀も相勤り申さず候、依つて女房を去り、子供を勘當し、家來に暇を遣し、親類中と義絕致す事に候。其の上、平生飯と汁より外は、香の物も菜なれば給べ申さぬつもりにて候、又着物も、直ぐに木棉と思へども、有る物をおいて新しくこしらへ候も費へ故、ある物は着て新らしく拵へ候節は、木棉ものゝ外は着用致さゞるつもりに候、女房共は、定めて唯今の通り、噓も言ひたかるべく、菜も喰べたかるべく、木棉物は着にくかるべし、然れば女房にしては置き難く候間、早く親元へ立歸るべし」と申され候、其時內室申され候には、「噓を言はず、飯と汁より外は給べず、木棉さへ着候へば、離別せずとも御邪魔には相成らず候や」、「如何にも其の通り」、「左候はゞ、噓も申すまじく、飯と汁より外は菜も給べ申間じく、木棉物も着申すべく候間、矢張り御差置下され候樣願ひ奉る」と申され候へば、
新字:木工申され候は、「訳を申したりとも、皆々得心これ有る間敷、申すも無益と差し控へ候へども、各々達て訳を聞くとの事なれば、成る程申すべく候。先づ第一手前、向後噓を一切申さゞる合点に候、然るに女房を初め、子供並びに家来共、親類中、噓を申され候へば、木工はうそを言はぬと申さるれども、親しき親類を初め、家内のものがあの通りなれば、木工からして合点ゆかずと人は疑ひ申すべく候、さすれば此役儀も相勤り申さず候、依つて女房を去り、子供を勘当し、家来に暇を遣し、親類中と義絶致す事に候。其の上、平生飯と汁より外は、香の物も菜なれば給べ申さぬつもりにて候、又着物も、直ぐに木棉と思へども、有る物をおいて新しくこしらへ候も費へ故、ある物は着て新らしく拵へ候節は、木棉ものゝ外は着用致さゞるつもりに候、女房共は、定めて唯今の通り、噓も言ひたかるべく、菜も喰べたかるべく、木棉物は着にくかるべし、然れば女房にしては置き難く候間、早く親元へ立帰るべし」と申され候、其時内室申され候には、「噓を言はず、飯と汁より外は給べず、木棉さへ着候へば、離別せずとも御邪魔には相成らず候や」、「如何にも其の通り」、「左候はゞ、噓も申すまじく、飯と汁より外は菜も給べ申間じく、木棉物も着申すべく候間、矢張り御差置下され候様願ひ奉る」と申され候へば、
書き下し
木工申され候は、「譯を申したりとも、皆々得心これ有る間敷、申すも無益と差し控へ候へども、各々達て譯を聞くとの事なれば、成る程申すべく候。先づ第一手前、向後噓を一切申さゞる合點に候、然るに女房を初め、子供竝びに家來共、親類中、噓を申され候へば、木工はうそを言はぬと申さるれども、親しき親類を初め、家內のものがあの通りなれば、木工からして合點ゆかずと人は疑ひ申すべく候、さすれば此役儀も相勤り申さず候、依つて女房を去り、子供を勘當し、家來に暇を遣し、親類中と義絕致す事に候。其の上、平生飯と汁より外は、香の物も菜なれば給べ申さぬつもりにて候、又着物も、直ぐに木棉と思へども、有る物をおいて新しくこしらへ候も費へ故、ある物は着て新らしく拵へ候節は、木棉ものゝ外は着用致さゞるつもりに候、女房共は、定めて唯今の通り、噓も言ひたかるべく、菜も喰べたかるべく、木棉物は着にくかるべし、然れば女房にしては置き難く候間、早く親元へ立歸るべし」と申され候、其時內室申され候には、「噓を言はず、飯と汁より外は給べず、木棉さへ着候へば、離別せずとも御邪魔には相成らず候や」、「如何にも其の通り」、「左候はゞ、噓も申すまじく、飯と汁より外は菜も給べ申間じく、木棉物も着申すべく候間、矢張り御差置下され候樣願ひ奉る」と申され候へば、
現代語訳
木工が言われるには、「訳を申しても、皆さん得心はなさらないだろうから、申すのも無益と差し控えていましたが、皆さんがぜひ訳を聞きたいとのことなので、なるほど申しましょう。まず第一に、私は今後、噓を一切申さない決心です。ところが、女房をはじめ、子供や家来、親類が噓を言うとすれば、木工は噓を言わないと言っても、親しい親類をはじめ家内の者があの通りなら、木工からして納得がいかないと人は疑うでしょう。そうなればこの役目も勤まりません。ですから女房を去らせ、子供を勘当し、家来に暇を遣わし、親類と義絶することにしたのです。そのうえ、普段は飯と汁のほかは、香の物も菜も食べないつもりです。また着物も、すぐに木綿にしようと思いますが、あるものを置いて新しくこしらえるのも費えなので、あるものは着て、新しくこしらえるときは、木綿物のほかは着ないつもりです。女房たちは、きっと今まで通り、噓も言いたく、菜も食べたく、木綿物は着にくいでしょう。それでは女房にしておくことは難しいので、早く親元へ立ち帰るように」と言われた。そのとき内室が言われるには、「噓を言わず、飯と汁のほかは食べず、木綿さえ着れば、離別しなくてもお邪魔にはなりませんか」「いかにもその通りだ」「それなら噓も申しませんし、飯と汁のほかは菜も食べません。木綿物も着ますので、やはりお置きくださるよう願い上げます」と言われると、
解説

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