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日暮硯 / 『日暮硯』楽しめと言い自分は質素

一、木工殿は、家中を初め、御領分中へ、相應には樂みをせよとて、慰めには博奕なりとも、何にても好きたる事をして樂しめと、一向言ひきかせて、自分には、隨分質素に暮し、子供に迄飯と汁より外は菜を喰はせず、文學、武藝を第一に稽古させ自分は文武の稽古の外に、專ら佛神を信仰して、現當二世を祈り、又御前へも、「治世亂世ともに文武兩道は武士の常にて御座候へば、片時もわすれては相成らざる儀に御座候間、隨分御學文を遊ばされ、武藝は倘ほ以て晝夜とも御はげみ遊ばされ候へ、其の上佛神の御加護に御座なく候ては、諸願果て申さず候、不信心なれば苦難多く御座候間、御信心も遊ばされ、佛神の御加護を御祈り遊ばされ候事、是又武士たる者平生心掛けの一大事にて御座候」と申上候へば、公にも甚だ御悅氣にて、夫れより益々御信心御增進遊ばされ、文武兩道共、一入御出精遊ばさるゝゆへ、誰教ゆるとなしに、幼少の子供まで、文武兩道に精力を盡し、禁ぜずして博奕するもの一人も無く、自ら御家中も裕福に成り、盜みするものなければ、公の御勝手も忽ちに直り、五ヶ年立たぬうちに、御金も夥しく出來、御領へも利安にて御貸金が出で候故、自然と御領分も豐かに相成り、諸人歡び樂しみ暮すとかや、實に有り難き御政道なり。

新字:一、木工殿は、家中を初め、御領分中へ、相応には楽みをせよとて、慰めには博奕なりとも、何にても好きたる事をして楽しめと、一向言ひきかせて、自分には、随分質素に暮し、子供に迄飯と汁より外は菜を喰はせず、文学、武芸を第一に稽古させ自分は文武の稽古の外に、専ら仏神を信仰して、現当二世を祈り、又御前へも、「治世乱世ともに文武両道は武士の常にて御座候へば、片時もわすれては相成らざる儀に御座候間、随分御学文を遊ばされ、武芸は倘ほ以て昼夜とも御はげみ遊ばされ候へ、其の上仏神の御加護に御座なく候ては、諸願果て申さず候、不信心なれば苦難多く御座候間、御信心も遊ばされ、仏神の御加護を御祈り遊ばされ候事、是又武士たる者平生心掛けの一大事にて御座候」と申上候へば、公にも甚だ御悦気にて、夫れより益々御信心御增進遊ばされ、文武両道共、一入御出精遊ばさるゝゆへ、誰教ゆるとなしに、幼少の子供まで、文武両道に精力を尽し、禁ぜずして博奕するもの一人も無く、自ら御家中も裕福に成り、盗みするものなければ、公の御勝手も忽ちに直り、五ヶ年立たぬうちに、御金も夥しく出来、御領へも利安にて御貸金が出で候故、自然と御領分も豊かに相成り、諸人歓び楽しみ暮すとかや、実に有り難き御政道なり。

書き下し

一、木工殿は、家中を初め、御領分中へ、相應には樂みをせよとて、慰めには博奕なりとも、何にても好きたる事をして樂しめと、一向言ひきかせて、自分には、隨分質素に暮し、子供に迄飯と汁より外は菜を喰はせず、文學、武藝を第一に稽古させ自分は文武の稽古の外に、專ら佛神を信仰して、現當二世を祈り、又御前へも、「治世亂世ともに文武兩道は武士の常にて御座候へば、片時もわすれては相成らざる儀に御座候間、隨分御學文を遊ばされ、武藝は倘ほ以て晝夜とも御はげみ遊ばされ候へ、其の上佛神の御加護に御座なく候ては、諸願果て申さず候、不信心なれば苦難多く御座候間、御信心も遊ばされ、佛神の御加護を御祈り遊ばされ候事、是又武士たる者平生心掛けの一大事にて御座候」と申上候へば、公にも甚だ御悅氣にて、夫れより益々御信心御增進遊ばされ、文武兩道共、一入御出精遊ばさるゝゆへ、誰教ゆるとなしに、幼少の子供まで、文武兩道に精力を盡し、禁ぜずして博奕するもの一人も無く、自ら御家中も裕福に成り、盜みするものなければ、公の御勝手も忽ちに直り、五ヶ年立たぬうちに、御金も夥しく出來、御領へも利安にて御貸金が出で候故、自然と御領分も豐かに相成り、諸人歡び樂しみ暮すとかや、實に有り難き御政道なり。

現代語訳

一、木工殿は、家中をはじめ御領分中に、身分相応には楽しみをせよ、慰みには博奕であっても、何でも好きなことをして楽しめと、ひたすら言い聞かせて、自分は、できるだけ質素に暮らし、子供にまで飯と汁のほかには菜を食わせず、学問と武芸を第一に稽古させ、自分は文武の稽古のほかに、ひたすら仏神を信仰して、現世と来世を祈り、また御前にも、「治世でも乱世でも、文武両道は武士の常でございますので、片時も忘れてはなりません。できるだけご学問をなさり、武芸はなおさら昼夜ともにお励みください。そのうえ、仏神のご加護がなければ、諸願は成就いたしません。不信心であれば苦難が多うございますので、ご信心もなさり、仏神のご加護をお祈りなさることも、武士たる者の平生の心がけとして一大事でございます」と申し上げたところ、公もたいそうお喜びになり、それからますますご信心を深められ、文武両道ともにいっそうご精励になったので、誰が教えるともなく、幼い子供まで文武両道に精力を尽くし、禁じなくても博奕をする者は一人もなくなり、自然と家中も裕福になり、盗みをする者もいなくなったので、公の御勝手もたちまち立て直り、五年も経たないうちに、お金も多く蓄えられ、領内へも低利で貸し出す金が出るようになったので、自然と御領分も豊かになり、人々は喜び楽しんで暮らしているとのことである。まことにありがたい御政道である。

解説

木工は、人々には楽しみを許す一方、自分と子供の暮らしは質素に保ち、文武と信仰に励みました。藩主にも学問と武芸、信心を勧め、藩主がこれに応えたことで、家中全体の気風が変わったと書かれます。上に立つ者が自分に厳しく、下には緩やかにという非対称が、禁じなくても博奕が絶えた理由として語られます。五年足らずで金が蓄えられ、領内へ貸し出せるまでになったという成果は、書の作者が伝える範囲のもので、数字の裏付けはありません。ただ、リーダーが自らの暮らしで基準を示すと、規則を増やさずに組織の空気が整う、という読みは現代にも通じます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

質素文武両道信心気風藩主自律

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