古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

日暮硯 / 『日暮硯』悪かった役人が扶翼に変わる

即刻右の者共を御前へ召し出され、平日よりも御面を和らげられ、右の通り仰せ付られ候へば、皆々畏り奉り、有り難き仕合に存じ奉り候とお請け申上げ退出し、皆々打寄りての相談に、「今日御前にて仰せ出され候趣、さりとは合點行かぬ事なり、唯今まで手前共が爲せし惡事は、百姓共の書付にて御前へ顯れたるに違ひなければ、今日召し出され候は、木工のおかげで必ず嚴しきお叱りと思ひしに、思ひの外なる御意を蒙り候、何れも如何思召候や」「今度、木工が萬事の取計らひを見るに、格外の仁政、中々以て尋常の心の及ぶ事にあらず、若し又我々、木工に成り替り、手前共の上を裁斷せば、死罪には漏れまじき程の事なり、夫れを却つて本工の相役とは、思ひの外なる事なり、是れ决して御前計りの思召にては有まじく定めて木工が計らひなるべし、是れより手前共も、心底を改め、御前の御意の通り木工と肌を合せて忠義を盡さずんば、遂に身の破滅を來し、先祖への不幸なるべし是より直ちに木工が宅へ罷り越し、謝禮を申すがよろしからん、何れもいかゞ思召候や」と申せば、皆々、「是れは尤も千萬、成る程貴公の仰せの通り、唯今までの我意を改め、實に木工と肌を合せ、忠勤を盡すべし」とて、皆々木工が宅へ罷り越し「先づ以て今般御大役御苦勞千萬、莫大の御仁政、感じ入り奉り候、就ては今日、御前に於て、手前共、貴公の御相役仰せ付けられ、有り難き仕合に存じ奉り候。是れ皆貴公の御取成し故と、千萬忝なく存じ奉り候、御存知の通り、不調法者共に御座候間、萬端御遠慮なくお指圖下され候樣、偏に賴み奉り候、御禮旁々、參上致し候」と申入れば、木工挨拶に、「此方より罷り越し申すべき筈の處、早々のお出で、御念を入れられ候事、千萬忝く存じ候、此の上各々のお助けにあづからずしては、個樣の大役、拙者一人にて、中々相勤り候事にては御座なく候、萬事氣の付き申さざる處は、御遠慮なくお心をお添へ下さるべく候、此の段、切に相願ふ」と申され候へば、皆々、「恐入候、拙者共の存じ付き候程の儀は、何分にも御氣を付け申すべく候間、御指圖賴み入り候」と、いんぎんに挨拶して立歸り、是より眞實に木工の扶翼と成りしかば、木工の世話なしに、盜人はなくなれり、其の譯は、下役の者、「此儀は個樣に成し下さるべく」といへば、「イヤ左樣にはならぬ、唯今までとは違ふ、萬一木工が知ると、身の破滅じや、向後萬事左樣に相心得よ」と、其の道筋を 知りたる大將共が、手下の者にいましめをなす故、下役等、自然盗みする事ならず、末々まで、皆々忠義を第一とし、正直を元として、御奉公を大切と心懸ける樣になりしとかや。是れ皆、御前の御聖智により、又木工の仁政よりぞおこりける、有り難き事ぞかし。

新字:即刻右の者共を御前へ召し出され、平日よりも御面を和らげられ、右の通り仰せ付られ候へば、皆々畏り奉り、有り難き仕合に存じ奉り候とお請け申上げ退出し、皆々打寄りての相談に、「今日御前にて仰せ出され候趣、さりとは合点行かぬ事なり、唯今まで手前共が為せし悪事は、百姓共の書付にて御前へ顕れたるに違ひなければ、今日召し出され候は、木工のおかげで必ず厳しきお叱りと思ひしに、思ひの外なる御意を蒙り候、何れも如何思召候や」「今度、木工が万事の取計らひを見るに、格外の仁政、中々以て尋常の心の及ぶ事にあらず、若し又我々、木工に成り替り、手前共の上を裁断せば、死罪には漏れまじき程の事なり、夫れを却つて本工の相役とは、思ひの外なる事なり、是れ決して御前計りの思召にては有まじく定めて木工が計らひなるべし、是れより手前共も、心底を改め、御前の御意の通り木工と肌を合せて忠義を尽さずんば、遂に身の破滅を来し、先祖への不幸なるべし是より直ちに木工が宅へ罷り越し、謝礼を申すがよろしからん、何れもいかゞ思召候や」と申せば、皆々、「是れは尤も千万、成る程貴公の仰せの通り、唯今までの我意を改め、実に木工と肌を合せ、忠勤を尽すべし」とて、皆々木工が宅へ罷り越し「先づ以て今般御大役御苦労千万、莫大の御仁政、感じ入り奉り候、就ては今日、御前に於て、手前共、貴公の御相役仰せ付けられ、有り難き仕合に存じ奉り候。是れ皆貴公の御取成し故と、千万忝なく存じ奉り候、御存知の通り、不調法者共に御座候間、万端御遠慮なくお指図下され候様、偏に頼み奉り候、御礼旁々、参上致し候」と申入れば、木工挨拶に、「此方より罷り越し申すべき筈の処、早々のお出で、御念を入れられ候事、千万忝く存じ候、此の上各々のお助けにあづからずしては、個様の大役、拙者一人にて、中々相勤り候事にては御座なく候、万事気の付き申さざる処は、御遠慮なくお心をお添へ下さるべく候、此の段、切に相願ふ」と申され候へば、皆々、「恐入候、拙者共の存じ付き候程の儀は、何分にも御気を付け申すべく候間、御指図頼み入り候」と、いんぎんに挨拶して立帰り、是より真実に木工の扶翼と成りしかば、木工の世話なしに、盗人はなくなれり、其の訳は、下役の者、「此儀は個様に成し下さるべく」といへば、「イヤ左様にはならぬ、唯今までとは違ふ、万一木工が知ると、身の破滅じや、向後万事左様に相心得よ」と、其の道筋を 知りたる大将共が、手下の者にいましめをなす故、下役等、自然盗みする事ならず、末々まで、皆々忠義を第一とし、正直を元として、御奉公を大切と心懸ける様になりしとかや。是れ皆、御前の御聖智により、又木工の仁政よりぞおこりける、有り難き事ぞかし。

書き下し

即刻右の者共を御前へ召し出され、平日よりも御面を和らげられ、右の通り仰せ付られ候へば、皆々畏り奉り、有り難き仕合に存じ奉り候とお請け申上げ退出し、皆々打寄りての相談に、「今日御前にて仰せ出され候趣、さりとは合點行かぬ事なり、唯今まで手前共が爲せし惡事は、百姓共の書付にて御前へ顯れたるに違ひなければ、今日召し出され候は、木工のおかげで必ず嚴しきお叱りと思ひしに、思ひの外なる御意を蒙り候、何れも如何思召候や」「今度、木工が萬事の取計らひを見るに、格外の仁政、中々以て尋常の心の及ぶ事にあらず、若し又我々、木工に成り替り、手前共の上を裁斷せば、死罪には漏れまじき程の事なり、夫れを却つて本工の相役とは、思ひの外なる事なり、是れ决して御前計りの思召にては有まじく定めて木工が計らひなるべし、是れより手前共も、心底を改め、御前の御意の通り木工と肌を合せて忠義を盡さずんば、遂に身の破滅を來し、先祖への不幸なるべし是より直ちに木工が宅へ罷り越し、謝禮を申すがよろしからん、何れもいかゞ思召候や」と申せば、皆々、「是れは尤も千萬、成る程貴公の仰せの通り、唯今までの我意を改め、實に木工と肌を合せ、忠勤を盡すべし」とて、皆々木工が宅へ罷り越し「先づ以て今般御大役御苦勞千萬、莫大の御仁政、感じ入り奉り候、就ては今日、御前に於て、手前共、貴公の御相役仰せ付けられ、有り難き仕合に存じ奉り候。是れ皆貴公の御取成し故と、千萬忝なく存じ奉り候、御存知の通り、不調法者共に御座候間、萬端御遠慮なくお指圖下され候樣、偏に賴み奉り候、御禮旁々、參上致し候」と申入れば、木工挨拶に、「此方より罷り越し申すべき筈の處、早々のお出で、御念を入れられ候事、千萬忝く存じ候、此の上各々のお助けにあづからずしては、個樣の大役、拙者一人にて、中々相勤り候事にては御座なく候、萬事氣の付き申さざる處は、御遠慮なくお心をお添へ下さるべく候、此の段、切に相願ふ」と申され候へば、皆々、「恐入候、拙者共の存じ付き候程の儀は、何分にも御氣を付け申すべく候間、御指圖賴み入り候」と、いんぎんに挨拶して立歸り、是より眞實に木工の扶翼と成りしかば、木工の世話なしに、盜人はなくなれり、其の譯は、下役の者、「此儀は個樣に成し下さるべく」といへば、「イヤ左樣にはならぬ、唯今までとは違ふ、萬一木工が知ると、身の破滅じや、向後萬事左樣に相心得よ」と、其の道筋を 知りたる大將共が、手下の者にいましめをなす故、下役等、自然盗みする事ならず、末々まで、皆々忠義を第一とし、正直を元として、御奉公を大切と心懸ける樣になりしとかや。是れ皆、御前の御聖智により、又木工の仁政よりぞおこりける、有り難き事ぞかし。

現代語訳

すぐにその者たちを御前に召し出され、いつもよりお顔を和らげて、先の通り仰せ付けられたところ、皆はかしこまり、ありがたき仕合せに存じますとお請けを申し上げて退出し、皆で寄り集まって相談した。「今日御前で仰せ出された趣旨は、なんとも合点がいかないことだ。今までの我々の悪事は、百姓たちの書付で御前に明らかになったに違いないのだから、今日召し出されたのは、木工のせいで必ず厳しいお叱りがあるものと思っていたのに、思いのほかのご意向をいただいた。皆様はどうお思いか」。「このたび、木工の万事の取り計らいを見ると、格別の仁政で、並大抵の心の及ぶところではない。もし我々が木工に成り代わって、我々自身の身の上を裁断するなら、死罪を免れないほどのことである。それをかえって木工の相役とは、思いのほかのことだ。これは決して御前だけのお考えではなく、きっと木工の計らいであろう。これから我々も心底を改め、御前の仰せの通り木工と肌を合わせて忠義を尽くさなければ、ついには身の破滅を招き、先祖への不孝となるだろう。今すぐ木工の宅へ行き、お礼を申すのがよいだろう。皆様はいかがお思いか」と言うと、皆は「まことにもっともだ。なるほどあなたの言う通り、今までの我意を改め、本当に木工と肌を合わせて、忠勤を尽くそう」と言って、皆で木工の宅へ行き、「まず、このたびの大役、ご苦労千万、莫大なご仁政、感じ入っております。ついては今日、御前で、我々が貴公の相役を仰せ付けられ、ありがたき仕合せに存じます。これはすべて貴公のお取りなしのおかげと、千万かたじけなく存じます。ご存じの通り不調法者ですので、万事ご遠慮なくお指図くださるよう、ひとえにお頼み申し上げます。お礼かたがた、参上いたしました」と申し入れた。 木工は挨拶して、「こちらから参るべきところ、早々にお出でくださり、ご丁寧なこと、千万かたじけなく存じます。この上各々方のお助けをいただかなくては、このような大役は、拙者一人で勤まるものではございません。万事、気の付かないところは、ご遠慮なくお心を添えてください。この段、切にお願いいたします」と言うと、皆は「恐れ入ります。拙者どもの気の付くことは何なりとお気を付け申しますので、お指図をお頼み申します」と、丁寧に挨拶して帰り、これから本当に木工の扶翼となったので、木工が世話をしなくても、盗人はいなくなった。その訳は、下役の者が「この件はこのようにしていただきたい」と言うと、「いや、そうはならない。今までとは違う。万一木工が知れば、身の破滅だ。今後万事そのように心得よ」と、その道筋を知っている上役たちが、手下の者を戒めるので、下役らは自然と盗みができず、末々まで皆が忠義を第一とし、正直を元にして、御奉公を大切に心がけるようになったという。これはすべて、御前の聖智により、また木工の仁政から起こったことで、ありがたいことである。

解説

召し出された役人たちは、叱責を覚悟していたのに相役に任じられ、木工の計らいと察して心を入れ替えました。木工の宅を訪ねて指図を頼む役人に、木工もまた、一人では勤まらないと助力を請います。下の者が不正を持ちかけても、事情を知る上役が戒めるので盗みが絶えた、という結末が語られます。上役が変われば下に連なって変わるという筋道で、不正の根が途中の人間関係にあったことが読み取れます。物語として整えられた面はありますが、問題のある幹部を排除せず責任を与え直す手法は、現代の組織改革にも示唆を与えます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

相役扶翼不正忠義上役心底を改める

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る