日暮硯 / 『日暮硯』悪人も器量として使う進言
一、其の後御前より木工を召され、「領分の者共相認め候書付を見よ、此の通りなり」と仰せられ候へば、木工拜見して、「定めて個樣に御座有るべしと察し奉り候」「是をば如何致すべくや」「少しも御苦勞遊ばされ候事御座なく候、是々の者共は、どちらへも着き候者にて、善人が遣へばよくなり、惡人が遣へば惡しくなり候へば、おもんばかるに足り申さず候。又是々の者は死罪にも申し付くべき程の不屆者に御座候、然し個樣の惡事も、器量なくては出來申さず候故、其の器量を遣ひ候へば、又一ツの御用にも相立ち候者共にて御座候、就ては彼等を御前へ召出され、隨分御面を御和らげ遊ばされ候て、木工に此の度領分の政道申し付け候へ共、一人にては萬事行き屆くまじく候故、其の方共へ木工が相役を申し付け候、木工が指圖を請け木工と肌を合せ、萬事取計らひ申し付くべき旨仰せ渡され下さるべく候」へと申し上げ候へば、公の仰せに、「夫れにては其方が害には相成まじくや」「少しも差構へ御座なく候」「其方が爲めに惡しくさへなくば、兎も角も」との仰せにて、木工は退出す。
新字:一、其の後御前より木工を召され、「領分の者共相認め候書付を見よ、此の通りなり」と仰せられ候へば、木工拝見して、「定めて個様に御座有るべしと察し奉り候」「是をば如何致すべくや」「少しも御苦労遊ばされ候事御座なく候、是々の者共は、どちらへも着き候者にて、善人が遣へばよくなり、悪人が遣へば悪しくなり候へば、おもんばかるに足り申さず候。又是々の者は死罪にも申し付くべき程の不届者に御座候、然し個様の悪事も、器量なくては出来申さず候故、其の器量を遣ひ候へば、又一ツの御用にも相立ち候者共にて御座候、就ては彼等を御前へ召出され、随分御面を御和らげ遊ばされ候て、木工に此の度領分の政道申し付け候へ共、一人にては万事行き届くまじく候故、其の方共へ木工が相役を申し付け候、木工が指図を請け木工と肌を合せ、万事取計らひ申し付くべき旨仰せ渡され下さるべく候」へと申し上げ候へば、公の仰せに、「夫れにては其方が害には相成まじくや」「少しも差構へ御座なく候」「其方が為めに悪しくさへなくば、兎も角も」との仰せにて、木工は退出す。
書き下し
一、其の後御前より木工を召され、「領分の者共相認め候書付を見よ、此の通りなり」と仰せられ候へば、木工拜見して、「定めて個樣に御座有るべしと察し奉り候」「是をば如何致すべくや」「少しも御苦勞遊ばされ候事御座なく候、是々の者共は、どちらへも着き候者にて、善人が遣へばよくなり、惡人が遣へば惡しくなり候へば、おもんばかるに足り申さず候。又是々の者は死罪にも申し付くべき程の不屆者に御座候、然し個樣の惡事も、器量なくては出來申さず候故、其の器量を遣ひ候へば、又一ツの御用にも相立ち候者共にて御座候、就ては彼等を御前へ召出され、隨分御面を御和らげ遊ばされ候て、木工に此の度領分の政道申し付け候へ共、一人にては萬事行き屆くまじく候故、其の方共へ木工が相役を申し付け候、木工が指圖を請け木工と肌を合せ、萬事取計らひ申し付くべき旨仰せ渡され下さるべく候」へと申し上げ候へば、公の仰せに、「夫れにては其方が害には相成まじくや」「少しも差構へ御座なく候」「其方が爲めに惡しくさへなくば、兎も角も」との仰せにて、木工は退出す。
現代語訳
一、その後、御前から木工をお召しになり、「領分の者たちが書いた書付を見よ。この通りである」と仰せられたので、木工は拝見して、「きっとこのようであろうと察しておりました」と言った。「これをどう処置すればよいか」。「少しもご苦労なさることはございません。これこれの者たちは、どちらへも付く者で、善人が使えばよくなり、悪人が使えば悪くなる者ですので、気になさるには及びません。また、これこれの者は死罪にも申し付けるべきほどの不届き者でございます。しかしこのような悪事も、器量がなくてはできませんので、その器量を使えば、これもまた一つの御用に立つ者たちでございます。ついては、彼らを御前に召し出され、できるだけお顔を和らげなさって、木工にこのたび領分の政道を申し付けられたが、一人ではすべてには行き届かないので、そなたたちを木工の相役に申し付ける、木工の指図を受け、木工と肌を合わせて、万事取り計らうようにと、仰せ渡しくださいませ」と申し上げると、公は「それではそなたに害にはならないか」と言われ、「少しも差し障りはございません」「そなたのために悪くさえならなければ、ともかくも」との仰せで、木工は退出した。
解説

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