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日暮硯 / 『日暮硯』御用金を元金で子孫へ

扨て又木工、御用金差し上げ候者へ、「金子御返濟成されたきものなれども、皆々知りたる通り、元來無き物なれば、只今返濟はならぬなり、斯くいふは、如何はしけれども、人の身代は、唯今良くても、若し不仕合なれば、子孫は貧乏に成るもしれず、左樣の節は利足を加へて返濟致したきものなれども、其の儀相協はぬ故、元金にて子孫へ下され候樣致すべく候、只今其の金子其方になければ、身代が潰れるといふ程にも有るまじければ、子孫の爲に、元金にて、御前樣へ御預け申し上げたと思うて吳れよ、是は皆への無心なり」と申され候へば、皆々「有り難き仕合に存じ奉り候、御上の御用にて差し上げ候金子の事なれば、一向御貰ひ申す所存は御座なく候處に、子孫難儀の節は、御返し下さるべしとの御事、此上もなき御慈悲、生々世々有り難き御厚恩に御座候」と、皆々、感涙を流して御禮を申上げければ、木工「いづれも手前が申す事、得心して滿足なり、扨て又重ねて出候節は、手前を初めとして、一家中唯今まで惡かりし事、遠慮なく、殘らず書付に相認め、篤と封じ差出すべし」と申され候へば、畏り奉り候と申して、皆々うれしがり歸宅いたし候。 評に曰、老職を初めとして、木工が器量を見て感心して居られしが、此の時に至り皆々さつと色を變じて、退出せしとなり。

新字:扨て又木工、御用金差し上げ候者へ、「金子御返済成されたきものなれども、皆々知りたる通り、元来無き物なれば、只今返済はならぬなり、斯くいふは、如何はしけれども、人の身代は、唯今良くても、若し不仕合なれば、子孫は貧乏に成るもしれず、左様の節は利足を加へて返済致したきものなれども、其の儀相協はぬ故、元金にて子孫へ下され候様致すべく候、只今其の金子其方になければ、身代が潰れるといふ程にも有るまじければ、子孫の為に、元金にて、御前様へ御預け申し上げたと思うて呉れよ、是は皆への無心なり」と申され候へば、皆々「有り難き仕合に存じ奉り候、御上の御用にて差し上げ候金子の事なれば、一向御貰ひ申す所存は御座なく候処に、子孫難儀の節は、御返し下さるべしとの御事、此上もなき御慈悲、生々世々有り難き御厚恩に御座候」と、皆々、感涙を流して御礼を申上げければ、木工「いづれも手前が申す事、得心して満足なり、扨て又重ねて出候節は、手前を初めとして、一家中唯今まで悪かりし事、遠慮なく、残らず書付に相認め、篤と封じ差出すべし」と申され候へば、畏り奉り候と申して、皆々うれしがり帰宅いたし候。 評に曰、老職を初めとして、木工が器量を見て感心して居られしが、此の時に至り皆々さつと色を変じて、退出せしとなり。

書き下し

扨て又木工、御用金差し上げ候者へ、「金子御返濟成されたきものなれども、皆々知りたる通り、元來無き物なれば、只今返濟はならぬなり、斯くいふは、如何はしけれども、人の身代は、唯今良くても、若し不仕合なれば、子孫は貧乏に成るもしれず、左樣の節は利足を加へて返濟致したきものなれども、其の儀相協はぬ故、元金にて子孫へ下され候樣致すべく候、只今其の金子其方になければ、身代が潰れるといふ程にも有るまじければ、子孫の爲に、元金にて、御前樣へ御預け申し上げたと思うて吳れよ、是は皆への無心なり」と申され候へば、皆々「有り難き仕合に存じ奉り候、御上の御用にて差し上げ候金子の事なれば、一向御貰ひ申す所存は御座なく候處に、子孫難儀の節は、御返し下さるべしとの御事、此上もなき御慈悲、生々世々有り難き御厚恩に御座候」と、皆々、感涙を流して御禮を申上げければ、木工「いづれも手前が申す事、得心して滿足なり、扨て又重ねて出候節は、手前を初めとして、一家中唯今まで惡かりし事、遠慮なく、殘らず書付に相認め、篤と封じ差出すべし」と申され候へば、畏り奉り候と申して、皆々うれしがり歸宅いたし候。 評に曰、老職を初めとして、木工が器量を見て感心して居られしが、此の時に至り皆々さつと色を變じて、退出せしとなり。

現代語訳

さて木工は、御用金を差し上げた者に、「金子をお返ししたいところだが、皆が知っているとおり、もともと無いものなので、今は返済ができない。こう言うのも申し訳ないが、人の身代は、今はよくても、もし不運にあえば、子孫は貧乏になるかもしれない。そのようなときには利息を加えて返済したいが、それがかなわないので、元金のまま子孫に下されるようにしよう。今その金子がそなたの手元になくても、身代が潰れるというほどのこともあるまいから、子孫のために、元金のまま御前様にお預け申し上げたと思ってくれ。これは皆への無心である」と言うと、皆は「ありがたき仕合せに存じます。御上の御用で差し上げた金子のことですので、いただくつもりは少しもございませんでしたのに、子孫が難儀のときにはお返しくださるとのこと、この上ないご慈悲、生々世々ありがたいご厚恩でございます」と、感涙を流して礼を述べた。 木工は「皆が私の言うことを承知してくれて満足である。さて、次に出てくるときは、私をはじめとして、一家中の今までの悪かったことを、遠慮なく残らず書付に書き、しっかり封をして差し出すように」と言うと、「かしこまりました」と答えて、皆はうれしがって帰宅した。 評して言う。老職をはじめとして、木工の器量を見て感心していたが、このときになって、皆がさっと顔色を変えて退出したという。

解説

御用金を出した領民には、返せない元金を、子孫が困ったときに返す預かり金として扱うと約束します。返済の見込みがない借りを、期限のない約束に置き換えて、貸した側の面目と将来への安心を保つ工夫です。ここで木工は、次に来るときには家中の悪事を遠慮なく書付にして出すようにとも求めます。評者が、皆がさっと顔色を変えて退出したと記すのは、その求めが自分たちにも向くと悟ったためと読めます。現代でも、お願いは相手の立場に立った言葉で伝え、同時に内部の問題を表に出させる場を設けることが、組織の立て直しでは大切になります。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

御用金元金子孫預かり書付感涙

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