日暮硯 / 『日暮硯』百姓が村で伝える喜び
一、扨て百姓共、歸宅の上、村々にて惣百姓を集めて、今日木工殿仰せ渡され候趣は個樣々々と逐一に申し聞かせたれば、皆々承り、「アノ足輕共の在方へ出て荒びるには困り果たるに、向後一人も出す間敷とあれば、是ばかりにても有り難き事なるに其の上諸役迄御免との御事なれば、當年貢は勿論、たとひ二年分の御年貢にても差し上げ候て苦しからず、早く御請け申し上げ、木工殿の御安心成され候樣成し下され候へ」と、一同悅びてぞ答へける。名主組頭等挨拶には、「皆々得心とありて、御役所へ罷り出で、御請申上ぐる手前どもまで、面眉を開くと申すものにて、甚だ大慶なり、就ては木工殿の仰せられたる書付を認め、封じて差出すべし」とあれば今迄の意趣はらしは此時なりと、闇夜に月の出たる如く、面々の胸の曇は是より晴れて、行く末安樂成るべしと悅び勇まぬものもなく、皆々、書付を認めける。
新字:一、扨て百姓共、帰宅の上、村々にて惣百姓を集めて、今日木工殿仰せ渡され候趣は個様々々と逐一に申し聞かせたれば、皆々承り、「アノ足軽共の在方へ出て荒びるには困り果たるに、向後一人も出す間敷とあれば、是ばかりにても有り難き事なるに其の上諸役迄御免との御事なれば、当年貢は勿論、たとひ二年分の御年貢にても差し上げ候て苦しからず、早く御請け申し上げ、木工殿の御安心成され候様成し下され候へ」と、一同悦びてぞ答へける。名主組頭等挨拶には、「皆々得心とありて、御役所へ罷り出で、御請申上ぐる手前どもまで、面眉を開くと申すものにて、甚だ大慶なり、就ては木工殿の仰せられたる書付を認め、封じて差出すべし」とあれば今迄の意趣はらしは此時なりと、闇夜に月の出たる如く、面々の胸の曇は是より晴れて、行く末安楽成るべしと悦び勇まぬものもなく、皆々、書付を認めける。
書き下し
一、扨て百姓共、歸宅の上、村々にて惣百姓を集めて、今日木工殿仰せ渡され候趣は個樣々々と逐一に申し聞かせたれば、皆々承り、「アノ足輕共の在方へ出て荒びるには困り果たるに、向後一人も出す間敷とあれば、是ばかりにても有り難き事なるに其の上諸役迄御免との御事なれば、當年貢は勿論、たとひ二年分の御年貢にても差し上げ候て苦しからず、早く御請け申し上げ、木工殿の御安心成され候樣成し下され候へ」と、一同悅びてぞ答へける。名主組頭等挨拶には、「皆々得心とありて、御役所へ罷り出で、御請申上ぐる手前どもまで、面眉を開くと申すものにて、甚だ大慶なり、就ては木工殿の仰せられたる書付を認め、封じて差出すべし」とあれば今迄の意趣はらしは此時なりと、闇夜に月の出たる如く、面々の胸の曇は是より晴れて、行く末安樂成るべしと悅び勇まぬものもなく、皆々、書付を認めける。
現代語訳
一、さて百姓たちは、帰宅したうえで、村々で総百姓を集め、今日木工殿が仰せ渡された趣旨はこれこれと逐一申し聞かせたところ、皆は聞いて、「あの足軽どもが在方へ出てきて荒れ回るのには困り果てていたのに、今後は一人も出さないというのだから、これだけでもありがたいことだ。そのうえ諸役までお免じになるとのことなので、今年の年貢はもちろん、たとえ二年分の年貢でも差し上げて構わない。早くお請けを申し上げて、木工殿に安心していただけるようにしてください」と、一同喜んで答えた。名主、組頭らは挨拶して、「皆が承知したとのことで、御役所へ出てお請けを申し上げる私どもまで、面目が立つというもので、まことに大慶である。ついては木工殿が仰せられた書付を書き、封じて差し出すべきだ」と言うので、今までの恨みを晴らすのはこのときだと、闇夜に月が出たように、めいめいの胸の曇りはこれから晴れて、行く末は安楽だろうと、喜び勇まない者もなく、皆が書付を書いた。
解説

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日暮硯・『日暮硯』勝手は直ると殿へ言上扨て百姓相談の上、名主、長百姓等、御役所へ罷り出で、「先達て仰せ渡され候趣、惣百姓へ申し聞け候處、皆々有難がり候て、當年貢の儀は勿論、二年分なりとも差し上げ申すべく候間、何時なりとも御用次第に仰せ付け下され候樣仕りたくと一同相願ひ申候間、左樣思召下さるべく候」と申上候へば、木工殿申され候は、「先づ以て手前が申す趣き、惣百姓迄、皆々得心し吳れ、甚だ滿足致し候、皆のかげにて、手前も首尾よく御役相勤め、痛い目にも逢はず、皆是れ百姓中のかげなり、過分千萬に存じ候、それのみならず二年分なりとも上納致すべしとの事、惣百姓の志、上聞に達しなば、御前もさぞ御滿足遊ばさるべし、去り乍ら、當御年貢さへ納めて吳れば十分に候、二年分上納には及ばず候、惣百姓中の志、過分千萬、殘らず上聞に達すべく候間、其の段、能々申し聞けべく候、さて又皆々、隨分家業に油斷なく出精すべし、家業に疎なるものは天下の罪人なり、家業を出精して餘分あらば、分限相應の樂みは如何なる儀にても苦しからず候、家業に出精の上たのしむ事ならば、慰みには、淨瑠璃、三味線、博奕なりとも、好きたる事をして樂むべし、然し博奕は、天下一統御法度なり、若し商賣に致すものこれ有るに於ては、屹度曲事に申し付くべし、吳々も博奕を商賣に致す儀は、公儀御法度なれば、屹度相愼み申すべく候、慰みに致す分は苦しからず候間、豫て左樣可相心得候、すべて人は、分限相應の樂みがなくては、精も出で難きものなり、精も出すべし、樂みもすべし、其の上第一に信心もすべし、神佛を信仰する心なくば、さいなん多きものなり、依つて神佛を能く信仰して、現當二世を祈るべし、偖て又先達て申し付け候書付、相認め、持參致候や」と申され候へば、「成る程、持參仕候」と差出す、「手前が見るにあらず、御前の御覽に入れるなり、皆々歸つて出精せよ」とて、一同を歸されける。其の後木工、御前へ出で申し上げ候は、先づ以て御悅び遊ばさるべく候、御勝手は十分に相直り申すべく候。其の譯は、御借用金は殘らず橫に寢て仕舞ひ、無借金となり候上に、當年より十萬石、丸々納り(月割故也)一粒が損失御座なく候筈故、御勝手は、十分に相調ひ申し候上に、一人も御上を御恨み申す者御座なく、却つて有り難がり候て、御年貢は二年分なりとも差し上げ申すべしと申し、當月より滯りなく御年貢上納仕る筈に御座候、是れ皆御前の御仁心深き故の御尊德に御座候」と申上げれば、御前にも殊の外御滿足にて、「是れ我が德にあらず、皆其の方の働き、莫大の勳功、金石にも銘ずべき忠勤なり」と御稱美遊ばされ候へば、木工は有り難き御意を謝し、「扨て又是は百姓共相認候ものに御座候間、ひそかに御覽遊ばさるべく候」と申上げ、封書を呈し退出す。
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日暮硯・『日暮硯』先納を損にしてもらう無心一、木工詞を改め「先納、先々納まで差し上げ候者へ申す、是は何卒御返濟成されたきものなれども、皆々知りたる通り、何も無き故、其儀もならず、今聞く通り、未進の分を皆吳て仕舞ふたれば、彌よ以て先納方へは返濟出來ぬなり、依つて只今迄先納したる分は、御上の取り德とし、お身達の方は差上げ損にして吳れよ、此段は手前が皆への無心なり、得心して吳れやうや如何」「畏り奉り候、向後先納、先々納仰付けられまじくと先刻仰せ渡され候上は、唯今迄差上候分は、一粒も御貰ひ申す所存御座なく候間、左樣思召下され度」「先づ以て皆々、得心して吳れて千萬辱けなし、其の代りに、一つの無心あり、此の事は今日直ちに返答も成る間敷候故、宿へ戾り、惣百姓へ申し聞かせ、熟談の上にて返答してくれよ、其の無心といふは右先納、先々納を損にして、其の上に當年の分を上納して吳れよ、然なくては殿樣一向御取り續き成され難く候、お身達が得心して吳れねば、手前切腹といふはこゝの事なり、お身達も算用知るかしらね共、手前は算者に積らせ、自分にも當つて見たるに、願ひ事等に付、御領分中の者共より、諸役人へ賄賂を遣す事、一年中錢につもりて百石につき何程なり、扨て又年中の諸役に、人足手間費の費ゆる事、錢につもりて百石に付何程なり、又九百人の足輕を、年貢催促に出すも月々の事故、其の物入りも年中には百石に付何程になる。此三品分を算盤に上げて見れば、年貢の內、凡そ七分程に相成る、今迄は是だけ皆無駄に成り、御上の御爲にはならず、百姓方の費へと言ふ物、お身達の損毛なり。此の損毛七分の上に三分足せば、當年貢は相濟むわけなり、此處を惣百姓へ申し聞せ吳れよ、僅か三分足せば、當年貢は濟み候間、當月より都合にて、月割上納なり、御年貢上納にして納めて吳れよ、此の段が手前より、惣百姓へ據なき無心なり、皆々の所存次第にして、手前に首尾能く役儀勤めさせ吳れるか、又は切腹させ候か、皆々の了簡次第なり、何卒此の譯を能々皆々へ言ひ聞かせ、篤と熟談の上、追て返答して吳れよ」と申され候へば、皆々、「畏り奉り候、今日直に御請け申上たく存じ候へ共、返す返すも惣百姓へ申し聞かせ候樣にと仰せられ候故、罷り歸り、有り難き御政道の趣を、惣百姓へ申し聞け、悅ばせ候上、重ねて御請け申上ぐべく候」と皆々同音に答へける。
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日暮硯・『日暮硯』賄賂・足軽・諸役の免除其の相談する趣は、第一先にも申す通り、手前儀うそを言はざる積り故、申したる事、再び變改致さず候間、左樣心得て吳れよ、若しうそを言はざれば、皆々の爲にあしかるべきや、いかゞ思ふや」と尋ねられしに、皆々「只今迄御役人樣、うそを仰せられ、御だまし成され候爲め、難儀仕り候、向後、一度仰せられ候事再び御變改遊ばされずとの仰せは、千萬有り難き仕合せに御座候」と申し上げ候へば、「然らば先づ其の儀は皆々得心してくれ、手前も滿足なり、扨て手前儀、祝儀愁歎に依らず、惣じて音物は一向受けず候間、何程輕き品たりとも、向後持參無用に致すべく候、それ共賄賂を取らざれば、皆々難儀すべきや」「有り難き思召に御座候」「巳後皆々、願ひの筋は、手前承り屆け候に付、外へ賄賂を遣すに及ばず、惣じて諸役人中へも向後進物致し候こと、堅く無用に致すべく候」「畏り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて、滿足致し候。扨て次に、只今まで、千人の足輕の內、百人は所々の番人等に殘し置き、九百人を月々在方へ年貢催促に差出し候由、左樣に候や」「成る程左樣にて御座候」「其の足輕、向後は一人も出さぬ積りなれば、左樣に相心得べし、それ共、出し付けたものを出さずに置き候ては、皆々難儀致すべきや如何」「其の儀は猶以て有り難き御事に御座候、御足輕衆、在方に御出候ては、御年貢ばかりにてこれ無く、五日も七日も逗留の上、荒びられ候に付、諸人難儀仕り候處、一人も御出し成され間敷との事、千萬有り難き仕合せに存じ奉り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて滿足なり。扨て次に、手前儀も、永き事は計り難く、先づ五ヶ年程は此の役儀相勤め候積り故其の間、地方普請等の儀は格別、百姓共上へ相勤め候諸役は、一切免じ候積りに付左樣に相心得べく候、それ共皆々、役儀に出でず候ては、難儀なるべきや如何」「諸役共に御免とは、重々有り難き仕合に御座候」「然らば此儀も皆々得心致し候て、滿足なり、是れまで手前が申せし事、皆々得心にて、滿足致し候。然らば其の方等申す通りに相心得異存なきや」「畏り奉り候」「偖是より次の段は、一層皆々と能く相談せねば成らぬ事なり、皆能く聞いて吳れよ」と言へば「畏り奉り候」と平伏す。
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日暮硯・『日暮硯』未進を赦し皆に下される評曰、此時木工殿の額色、二た目と見られぬ程おそろしき樣子にて、面を擧げたるもの一人もなかりしとなり。軈て面を和らげ「併し、斯くいふも亦皆理窟なり、殿樣御勝手御不如意なる事も存知の前、御用金を出し、先々納迄差上げる者も有る中に、未進をするといふは、能々貧にて、內證に一物なき故の事成るべし、お身達も定めて人並に御年貢上納仕度く思ふべけれども、不仕合にあふか、長病らひするか、又は不時の災難に逢ひ、耕作も存分に成らず、收納少き故の事成るべし、嘸難儀なるべし、甚だ不便千萬、氣の毒なる事なり、又役人もお身達が物なきといふ事を能く知りたる故、未進をも許容して置きたる物ならん、是は役人の仁政といふ物にて、有り難き事なり、されば唯今未進を差し上げよと申付けたればとて、元來なきものを差し上げる手段も有るまじ、仍て、未進を御取成さらぬは御上の御損とし、上納せぬ分をお身達の德として唯今迄の未進の分は、以後上納に及ばず、殘らずお身達に下さるゝ程に、左樣に相心得べく候」「有り難き仕合に存じ奉り候」「其の代りに、當御年貢を、一粒でも未進さする事が有るにおいては、急度曲事に申付くべし、左樣に相心得べく候」「畏り奉り候、たとへ裸に相成り候ても上納仕るべく候」「然らば此の者共も、手前が申す儀得心にて滿足致候。」
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日暮硯・『日暮硯』御用金を元金で子孫へ扨て又木工、御用金差し上げ候者へ、「金子御返濟成されたきものなれども、皆々知りたる通り、元來無き物なれば、只今返濟はならぬなり、斯くいふは、如何はしけれども、人の身代は、唯今良くても、若し不仕合なれば、子孫は貧乏に成るもしれず、左樣の節は利足を加へて返濟致したきものなれども、其の儀相協はぬ故、元金にて子孫へ下され候樣致すべく候、只今其の金子其方になければ、身代が潰れるといふ程にも有るまじければ、子孫の爲に、元金にて、御前樣へ御預け申し上げたと思うて吳れよ、是は皆への無心なり」と申され候へば、皆々「有り難き仕合に存じ奉り候、御上の御用にて差し上げ候金子の事なれば、一向御貰ひ申す所存は御座なく候處に、子孫難儀の節は、御返し下さるべしとの御事、此上もなき御慈悲、生々世々有り難き御厚恩に御座候」と、皆々、感涙を流して御禮を申上げければ、木工「いづれも手前が申す事、得心して滿足なり、扨て又重ねて出候節は、手前を初めとして、一家中唯今まで惡かりし事、遠慮なく、殘らず書付に相認め、篤と封じ差出すべし」と申され候へば、畏り奉り候と申して、皆々うれしがり歸宅いたし候。 評に曰、老職を初めとして、木工が器量を見て感心して居られしが、此の時に至り皆々さつと色を變じて、退出せしとなり。
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日暮硯・『日暮硯』悪かった役人が扶翼に変わる即刻右の者共を御前へ召し出され、平日よりも御面を和らげられ、右の通り仰せ付られ候へば、皆々畏り奉り、有り難き仕合に存じ奉り候とお請け申上げ退出し、皆々打寄りての相談に、「今日御前にて仰せ出され候趣、さりとは合點行かぬ事なり、唯今まで手前共が爲せし惡事は、百姓共の書付にて御前へ顯れたるに違ひなければ、今日召し出され候は、木工のおかげで必ず嚴しきお叱りと思ひしに、思ひの外なる御意を蒙り候、何れも如何思召候や」「今度、木工が萬事の取計らひを見るに、格外の仁政、中々以て尋常の心の及ぶ事にあらず、若し又我々、木工に成り替り、手前共の上を裁斷せば、死罪には漏れまじき程の事なり、夫れを却つて本工の相役とは、思ひの外なる事なり、是れ决して御前計りの思召にては有まじく定めて木工が計らひなるべし、是れより手前共も、心底を改め、御前の御意の通り木工と肌を合せて忠義を盡さずんば、遂に身の破滅を來し、先祖への不幸なるべし是より直ちに木工が宅へ罷り越し、謝禮を申すがよろしからん、何れもいかゞ思召候や」と申せば、皆々、「是れは尤も千萬、成る程貴公の仰せの通り、唯今までの我意を改め、實に木工と肌を合せ、忠勤を盡すべし」とて、皆々木工が宅へ罷り越し「先づ以て今般御大役御苦勞千萬、莫大の御仁政、感じ入り奉り候、就ては今日、御前に於て、手前共、貴公の御相役仰せ付けられ、有り難き仕合に存じ奉り候。是れ皆貴公の御取成し故と、千萬忝なく存じ奉り候、御存知の通り、不調法者共に御座候間、萬端御遠慮なくお指圖下され候樣、偏に賴み奉り候、御禮旁々、參上致し候」と申入れば、木工挨拶に、「此方より罷り越し申すべき筈の處、早々のお出で、御念を入れられ候事、千萬忝く存じ候、此の上各々のお助けにあづからずしては、個樣の大役、拙者一人にて、中々相勤り候事にては御座なく候、萬事氣の付き申さざる處は、御遠慮なくお心をお添へ下さるべく候、此の段、切に相願ふ」と申され候へば、皆々、「恐入候、拙者共の存じ付き候程の儀は、何分にも御氣を付け申すべく候間、御指圖賴み入り候」と、いんぎんに挨拶して立歸り、是より眞實に木工の扶翼と成りしかば、木工の世話なしに、盜人はなくなれり、其の譯は、下役の者、「此儀は個樣に成し下さるべく」といへば、「イヤ左樣にはならぬ、唯今までとは違ふ、萬一木工が知ると、身の破滅じや、向後萬事左樣に相心得よ」と、其の道筋を 知りたる大將共が、手下の者にいましめをなす故、下役等、自然盗みする事ならず、末々まで、皆々忠義を第一とし、正直を元として、御奉公を大切と心懸ける樣になりしとかや。是れ皆、御前の御聖智により、又木工の仁政よりぞおこりける、有り難き事ぞかし。