日暮硯 / 『日暮硯』賄賂・足軽・諸役の免除
其の相談する趣は、第一先にも申す通り、手前儀うそを言はざる積り故、申したる事、再び變改致さず候間、左樣心得て吳れよ、若しうそを言はざれば、皆々の爲にあしかるべきや、いかゞ思ふや」と尋ねられしに、皆々「只今迄御役人樣、うそを仰せられ、御だまし成され候爲め、難儀仕り候、向後、一度仰せられ候事再び御變改遊ばされずとの仰せは、千萬有り難き仕合せに御座候」と申し上げ候へば、「然らば先づ其の儀は皆々得心してくれ、手前も滿足なり、扨て手前儀、祝儀愁歎に依らず、惣じて音物は一向受けず候間、何程輕き品たりとも、向後持參無用に致すべく候、それ共賄賂を取らざれば、皆々難儀すべきや」「有り難き思召に御座候」「巳後皆々、願ひの筋は、手前承り屆け候に付、外へ賄賂を遣すに及ばず、惣じて諸役人中へも向後進物致し候こと、堅く無用に致すべく候」「畏り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて、滿足致し候。扨て次に、只今まで、千人の足輕の內、百人は所々の番人等に殘し置き、九百人を月々在方へ年貢催促に差出し候由、左樣に候や」「成る程左樣にて御座候」「其の足輕、向後は一人も出さぬ積りなれば、左樣に相心得べし、それ共、出し付けたものを出さずに置き候ては、皆々難儀致すべきや如何」「其の儀は猶以て有り難き御事に御座候、御足輕衆、在方に御出候ては、御年貢ばかりにてこれ無く、五日も七日も逗留の上、荒びられ候に付、諸人難儀仕り候處、一人も御出し成され間敷との事、千萬有り難き仕合せに存じ奉り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて滿足なり。扨て次に、手前儀も、永き事は計り難く、先づ五ヶ年程は此の役儀相勤め候積り故其の間、地方普請等の儀は格別、百姓共上へ相勤め候諸役は、一切免じ候積りに付左樣に相心得べく候、それ共皆々、役儀に出でず候ては、難儀なるべきや如何」「諸役共に御免とは、重々有り難き仕合に御座候」「然らば此儀も皆々得心致し候て、滿足なり、是れまで手前が申せし事、皆々得心にて、滿足致し候。然らば其の方等申す通りに相心得異存なきや」「畏り奉り候」「偖是より次の段は、一層皆々と能く相談せねば成らぬ事なり、皆能く聞いて吳れよ」と言へば「畏り奉り候」と平伏す。
新字:其の相談する趣は、第一先にも申す通り、手前儀うそを言はざる積り故、申したる事、再び変改致さず候間、左様心得て呉れよ、若しうそを言はざれば、皆々の為にあしかるべきや、いかゞ思ふや」と尋ねられしに、皆々「只今迄御役人様、うそを仰せられ、御だまし成され候為め、難儀仕り候、向後、一度仰せられ候事再び御変改遊ばされずとの仰せは、千万有り難き仕合せに御座候」と申し上げ候へば、「然らば先づ其の儀は皆々得心してくれ、手前も満足なり、扨て手前儀、祝儀愁嘆に依らず、惣じて音物は一向受けず候間、何程軽き品たりとも、向後持参無用に致すべく候、それ共賄賂を取らざれば、皆々難儀すべきや」「有り難き思召に御座候」「巳後皆々、願ひの筋は、手前承り届け候に付、外へ賄賂を遣すに及ばず、惣じて諸役人中へも向後進物致し候こと、堅く無用に致すべく候」「畏り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて、満足致し候。扨て次に、只今まで、千人の足軽の内、百人は所々の番人等に残し置き、九百人を月々在方へ年貢催促に差出し候由、左様に候や」「成る程左様にて御座候」「其の足軽、向後は一人も出さぬ積りなれば、左様に相心得べし、それ共、出し付けたものを出さずに置き候ては、皆々難儀致すべきや如何」「其の儀は猶以て有り難き御事に御座候、御足軽衆、在方に御出候ては、御年貢ばかりにてこれ無く、五日も七日も逗留の上、荒びられ候に付、諸人難儀仕り候処、一人も御出し成され間敷との事、千万有り難き仕合せに存じ奉り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて満足なり。扨て次に、手前儀も、永き事は計り難く、先づ五ヶ年程は此の役儀相勤め候積り故其の間、地方普請等の儀は格別、百姓共上へ相勤め候諸役は、一切免じ候積りに付左様に相心得べく候、それ共皆々、役儀に出でず候ては、難儀なるべきや如何」「諸役共に御免とは、重々有り難き仕合に御座候」「然らば此儀も皆々得心致し候て、満足なり、是れまで手前が申せし事、皆々得心にて、満足致し候。然らば其の方等申す通りに相心得異存なきや」「畏り奉り候」「偖是より次の段は、一層皆々と能く相談せねば成らぬ事なり、皆能く聞いて呉れよ」と言へば「畏り奉り候」と平伏す。
書き下し
其の相談する趣は、第一先にも申す通り、手前儀うそを言はざる積り故、申したる事、再び變改致さず候間、左樣心得て吳れよ、若しうそを言はざれば、皆々の爲にあしかるべきや、いかゞ思ふや」と尋ねられしに、皆々「只今迄御役人樣、うそを仰せられ、御だまし成され候爲め、難儀仕り候、向後、一度仰せられ候事再び御變改遊ばされずとの仰せは、千萬有り難き仕合せに御座候」と申し上げ候へば、「然らば先づ其の儀は皆々得心してくれ、手前も滿足なり、扨て手前儀、祝儀愁歎に依らず、惣じて音物は一向受けず候間、何程輕き品たりとも、向後持參無用に致すべく候、それ共賄賂を取らざれば、皆々難儀すべきや」「有り難き思召に御座候」「巳後皆々、願ひの筋は、手前承り屆け候に付、外へ賄賂を遣すに及ばず、惣じて諸役人中へも向後進物致し候こと、堅く無用に致すべく候」「畏り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて、滿足致し候。扨て次に、只今まで、千人の足輕の內、百人は所々の番人等に殘し置き、九百人を月々在方へ年貢催促に差出し候由、左樣に候や」「成る程左樣にて御座候」「其の足輕、向後は一人も出さぬ積りなれば、左樣に相心得べし、それ共、出し付けたものを出さずに置き候ては、皆々難儀致すべきや如何」「其の儀は猶以て有り難き御事に御座候、御足輕衆、在方に御出候ては、御年貢ばかりにてこれ無く、五日も七日も逗留の上、荒びられ候に付、諸人難儀仕り候處、一人も御出し成され間敷との事、千萬有り難き仕合せに存じ奉り候」「然らば此の儀も、皆々得心にて滿足なり。扨て次に、手前儀も、永き事は計り難く、先づ五ヶ年程は此の役儀相勤め候積り故其の間、地方普請等の儀は格別、百姓共上へ相勤め候諸役は、一切免じ候積りに付左樣に相心得べく候、それ共皆々、役儀に出でず候ては、難儀なるべきや如何」「諸役共に御免とは、重々有り難き仕合に御座候」「然らば此儀も皆々得心致し候て、滿足なり、是れまで手前が申せし事、皆々得心にて、滿足致し候。然らば其の方等申す通りに相心得異存なきや」「畏り奉り候」「偖是より次の段は、一層皆々と能く相談せねば成らぬ事なり、皆能く聞いて吳れよ」と言へば「畏り奉り候」と平伏す。
現代語訳
その相談する趣旨は、第一に、先にも申した通り、私は噓を言わない積もりなので、申したことは再び変更しない。そのように心得てくれ。もし噓を言わないことが、皆のためによくないことがあるだろうか、どう思うか」と尋ねられたところ、皆は「今まで御役人様が噓を仰せられ、おだましになったため、難儀しておりました。今後、一度仰せられたことは再びお変えにならないとのお言葉は、このうえなくありがたく存じます」と申し上げた。「それならこのことは皆得心してくれ、私も満足である。さて私は、祝儀や不幸にかかわらず、総じて贈り物は一切受けないので、どれほど軽い品であっても、今後は持参無用にしてほしい。それでも賄賂を取らなければ、皆が難儀することがあるだろうか」「ありがたいお考えです」「今後、皆の願いの筋は、私が承って取り計らうので、ほかへ賄賂を遣わすには及ばない。総じて諸役人へも、今後は進物をすることを堅く無用にするように」「かしこまりました」「それならこのことも皆得心で、満足である。さて次に、今まで千人の足軽のうち、百人は所々の番人などに残し置き、九百人を毎月在方へ年貢の催促に差し出していたというが、そうか」「なるほどその通りでございます」「その足軽を、今後は一人も出さない積もりなので、そのように心得よ。それでも、出し慣れたものを出さずにおいては、皆が難儀するだろうか」「そのことはなおさらありがたいことです。御足軽衆が在方においでになると、年貢だけでなく、五日も七日も逗留のうえ、荒々しくなさるので、人々は難儀しておりましたところ、一人もお出しにならないとのこと、このうえなくありがたく存じます」「それならこのことも皆得心で満足である。さて次に、私もいつまで勤められるか分からないが、まず五か年ほどはこの役目を勤める積もりなので、その間、地方普請などは別として、百姓が上へ勤める諸役は、一切免除する積もりなので、そう心得てほしい。それでも皆が、役儀に出ないでは難儀だろうか」「諸役までお免じとは、重ね重ねありがたい幸せでございます」「それならこのことも皆得心し、満足である。これまで私が申したことを皆が得心して満足している。それならそなたたちは、申す通りに心得て異存はないか」「かしこまりました」「さてこれから次の段は、いっそう皆とよく相談しなければならないことである。皆よく聞いてくれ」と言うと、「かしこまりました」と平伏した。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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