日暮硯 / 『日暮硯』全員の書付を求める木工
皆々內心には其の意を得ざる事とは存じながら、畏り奉り候とお請け申し上げ候。時に木工、進み出で、頭を席に付け申上げ候には、「御親類樣方、御相談の上にて、私儀へ大役仰せ付けられ候儀、千萬難有仕合に存じ奉り候、それにつき、御直に御訴訟申上候事、近頃恐れ多き儀には御座候へ共、又々の御寄合ひ、何時とも計り難く存候に付、憚りを顧みず、御直に御訴訟申し上げ候、私躰の者、右の役儀相勤め申すべき儀にては決して御座なく候間、幾重にも御免成し下され候樣願上奉り候」と申し上ぐれば、御一同、又々仰せられしは、豆州殿御勝手御不如意は、公儀迄も知れたる程の事故、假令此の上なほらぬ迚も、不動め不調法には相成らず候、相働き見候上にて、役儀相勤まらざる譯これ有り候はば格別、只今辭退致し候は、却て不忠と云ふものなり、依つて先づ相勤め申すべくと重ねて嚴しく被仰付候、木工、「此の上御訴訟申し上げ候は、却つて不忠との御意、奉畏入候、何分にも奉畏候」と御請申上げ候へば、皆々御滿足にて、右に付、何ぞ願の筋有らば、此の序でに遠慮なく相願ひ申すべき旨、重て仰せられ候「重々難有仕合奉存候、然らば御意に任せ奉願上候、右の役儀相勤め候に付て、若し拙者申す儀を左樣にはならぬ抔と申す者御座候ては、此の役儀相勤り申さず候間老分の者を初め、諸役人中へ、拙者申す儀は、何事に依らず、相背き申すまじくと申す書付を致し、渡しくれ候樣、御配慮願ひ上げ候、其の代りには、私方よりも、若し拙者致し方に、不忠の儀御座候はゞ、如何樣にも御仕置成さるべく候、其の節お恨み申間じくと申す誓詞をば相渡し申すべく候」と申上候へば、尤もの願ひとの仰せにて、右木工申す通り、皆々、殘らず書付いたし、木工へ相渡し申ずべき旨仰せ渡され候故、皆々、畏まり奉り候と御請申上候。
新字:皆々内心には其の意を得ざる事とは存じながら、畏り奉り候とお請け申し上げ候。時に木工、進み出で、頭を席に付け申上げ候には、「御親類様方、御相談の上にて、私儀へ大役仰せ付けられ候儀、千万難有仕合に存じ奉り候、それにつき、御直に御訴訟申上候事、近頃恐れ多き儀には御座候へ共、又々の御寄合ひ、何時とも計り難く存候に付、憚りを顧みず、御直に御訴訟申し上げ候、私体の者、右の役儀相勤め申すべき儀にては決して御座なく候間、幾重にも御免成し下され候様願上奉り候」と申し上ぐれば、御一同、又々仰せられしは、豆州殿御勝手御不如意は、公儀迄も知れたる程の事故、仮令此の上なほらぬ迚も、不動め不調法には相成らず候、相働き見候上にて、役儀相勤まらざる訳これ有り候はば格別、只今辞退致し候は、却て不忠と云ふものなり、依つて先づ相勤め申すべくと重ねて厳しく被仰付候、木工、「此の上御訴訟申し上げ候は、却つて不忠との御意、奉畏入候、何分にも奉畏候」と御請申上げ候へば、皆々御満足にて、右に付、何ぞ願の筋有らば、此の序でに遠慮なく相願ひ申すべき旨、重て仰せられ候「重々難有仕合奉存候、然らば御意に任せ奉願上候、右の役儀相勤め候に付て、若し拙者申す儀を左様にはならぬ抔と申す者御座候ては、此の役儀相勤り申さず候間老分の者を初め、諸役人中へ、拙者申す儀は、何事に依らず、相背き申すまじくと申す書付を致し、渡しくれ候様、御配慮願ひ上げ候、其の代りには、私方よりも、若し拙者致し方に、不忠の儀御座候はゞ、如何様にも御仕置成さるべく候、其の節お恨み申間じくと申す誓詞をば相渡し申すべく候」と申上候へば、尤もの願ひとの仰せにて、右木工申す通り、皆々、残らず書付いたし、木工へ相渡し申ずべき旨仰せ渡され候故、皆々、畏まり奉り候と御請申上候。
書き下し
皆々內心には其の意を得ざる事とは存じながら、畏り奉り候とお請け申し上げ候。時に木工、進み出で、頭を席に付け申上げ候には、「御親類樣方、御相談の上にて、私儀へ大役仰せ付けられ候儀、千萬難有仕合に存じ奉り候、それにつき、御直に御訴訟申上候事、近頃恐れ多き儀には御座候へ共、又々の御寄合ひ、何時とも計り難く存候に付、憚りを顧みず、御直に御訴訟申し上げ候、私躰の者、右の役儀相勤め申すべき儀にては決して御座なく候間、幾重にも御免成し下され候樣願上奉り候」と申し上ぐれば、御一同、又々仰せられしは、豆州殿御勝手御不如意は、公儀迄も知れたる程の事故、假令此の上なほらぬ迚も、不動め不調法には相成らず候、相働き見候上にて、役儀相勤まらざる譯これ有り候はば格別、只今辭退致し候は、却て不忠と云ふものなり、依つて先づ相勤め申すべくと重ねて嚴しく被仰付候、木工、「此の上御訴訟申し上げ候は、却つて不忠との御意、奉畏入候、何分にも奉畏候」と御請申上げ候へば、皆々御滿足にて、右に付、何ぞ願の筋有らば、此の序でに遠慮なく相願ひ申すべき旨、重て仰せられ候「重々難有仕合奉存候、然らば御意に任せ奉願上候、右の役儀相勤め候に付て、若し拙者申す儀を左樣にはならぬ抔と申す者御座候ては、此の役儀相勤り申さず候間老分の者を初め、諸役人中へ、拙者申す儀は、何事に依らず、相背き申すまじくと申す書付を致し、渡しくれ候樣、御配慮願ひ上げ候、其の代りには、私方よりも、若し拙者致し方に、不忠の儀御座候はゞ、如何樣にも御仕置成さるべく候、其の節お恨み申間じくと申す誓詞をば相渡し申すべく候」と申上候へば、尤もの願ひとの仰せにて、右木工申す通り、皆々、殘らず書付いたし、木工へ相渡し申ずべき旨仰せ渡され候故、皆々、畏まり奉り候と御請申上候。
現代語訳
皆は内心では納得しがたいと思いながらも、かしこまってお受けした。そのとき木工は進み出て、頭を席に付けて申し上げた。「ご親類衆のご相談のうえで、私に大役をお申し付けくださったことは、まことにありがたく存じます。それにつき、直接お願い申し上げますのは、きわめて恐れ多いことではございますが、またのお寄り合いがいつになるかも分かりませんので、憚りを顧みず、直接お願い申し上げます。私のような者は、この役目を勤めるべき者では決してございませんので、何とぞお許しくださいますよう願い上げます」と申し上げると、一同はまた仰せになった。「豆州殿のお勝手の不如意は、公儀にまで知られているほどのことであるから、たとえこの上直らなくても、勤めを怠る不調法にはならない。働いてみたうえで、役目が勤まらない理由があるなら格別だが、今辞退するのは、かえって不忠というものだ。だからまず勤めるように」と、重ねて厳しく仰せ付けられた。木工は「この上お願い申し上げるのは、かえって不忠とのお言葉、かしこまりました。何分にも承ります」とお受けすると、皆は満足なさり、ついては何か願いの筋があれば、この機会に遠慮なく願い出るようにと重ねて仰せになった。「重ね重ねありがたいことです。それでは、お言葉に甘えてお願い申し上げます。この役目を勤めるにあたり、もし私が申すことを、そうはならないなどと言う者がございましては、役目が勤まりませんので、老分の者をはじめ、諸役人に、私の申すことは何事によらず背きませんという書付を作らせ、渡してくださるようお取り計らいを願い上げます。その代わり私からも、もし私のやり方に不忠のことがございましたら、どのようにもお仕置きください、その節はお恨み申しませんという誓詞を差し上げます」と申し上げると、もっともな願いだとの仰せで、木工の申す通り、皆残らず書付を作り、木工へ渡すようにと仰せ渡された。皆は、かしこまりましたとお受けした。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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