日暮硯 / 『日暮硯』勝手の立て直しを親類に託す
一、信州川中島、眞田家の御知行所川中島は、水損の場にて、年年の御損耗多ければ自らお勝手も御不如意にて、御取續き成されがたき由にて、去る寬保年中、公儀へお願ひにて、一萬兩の拜借を許されし程の御事なれば、次第にお勝手御むつかしく當御城主の御代に成り候。寳歷五年の初め頃、江戶御在府の砌り、御親類中御參會の節、公の仰せられ候には、「何れも御存知の通り、手前儀、勝手不如意に付き、先年公儀より、一萬兩の拜借被仰付候へども、中々夫れにて取續き相成り申さず候、併し乍ら、在所に恩田木工と申す者これあり、老職の末席にて、年若には御座候へども、領分の政道申し付け候て、勝手も取直し申すべき樣に存候故、役儀申付け度存候へども、私儀年若、彼も年若ゆえ、申し付け候とも、老分の者、决して得心仕るまじく候。依つて近頃御無心ながら、各々方御對座にて、恩田木工へ勝手取直しの儀、御仰付け下され候樣仕度、此儀偏に願ひ奉る」と仰せられ候へば、何れも方の御挨拶に、「勝手不如意の儀は、皆同樣ながら、別して豆州公には、御先代の時より、公儀へも知れたる事にて、拜借迄も仰せ付けられ候程の儀故、御難儀察し入り申候、然るに御國元に、御勝手向き取直すべき者御座候て、既に御目鏡に留り候段何より以て重疊の御事に候、手前共より申し付け候事は、容易き事に候間、其の木工とやらを早速お呼び寄せ成さるべし」との御返事に、「千萬忝なく候」と御挨拶成され、夫より早飛脚を以て、御國元へ、御用之儀これあり候間、老職の者、竝びに諸役人は、月番會の者一人づゝ居殘り、其外の者は、皆々打連れ、恩田木工を同道にて、急に出府致すべき旨仰せ遣はされ候へば、何事か出來候哉と、いづれも取るものもとり合へず出府仕り候、即ち、また御親類中御招請の上、諸役人殘らず召し出され、御親類樣方御對座にて、御老分の御方樣より仰せ出され候は、「此の度恩田木工竝びに諸役人呼び寄せ候事は、餘の儀に非ず、豆州御勝手御不如意に付、手前共相談の上、恩田木工に勘略申し付け候間、辭退なく國元の政道、心一杯に取り計らひ申さるべく候、依て老職を始め、諸役人共、萬事木工が指圖を請け、役儀相勤めくれ申すべく候、是れは豆州殿の思召に出で、何れも相談の上、かく申し付け候間、左樣相心得候樣に」と仰せ渡され候。
新字:一、信州川中島、真田家の御知行所川中島は、水損の場にて、年年の御損耗多ければ自らお勝手も御不如意にて、御取続き成されがたき由にて、去る寛保年中、公儀へお願ひにて、一万両の拝借を許されし程の御事なれば、次第にお勝手御むつかしく当御城主の御代に成り候。宝歴五年の初め頃、江戸御在府の砌り、御親類中御参会の節、公の仰せられ候には、「何れも御存知の通り、手前儀、勝手不如意に付き、先年公儀より、一万両の拝借被仰付候へども、中々夫れにて取続き相成り申さず候、併し乍ら、在所に恩田木工と申す者これあり、老職の末席にて、年若には御座候へども、領分の政道申し付け候て、勝手も取直し申すべき様に存候故、役儀申付け度存候へども、私儀年若、彼も年若ゆえ、申し付け候とも、老分の者、決して得心仕るまじく候。依つて近頃御無心ながら、各々方御対座にて、恩田木工へ勝手取直しの儀、御仰付け下され候様仕度、此儀偏に願ひ奉る」と仰せられ候へば、何れも方の御挨拶に、「勝手不如意の儀は、皆同様ながら、別して豆州公には、御先代の時より、公儀へも知れたる事にて、拝借迄も仰せ付けられ候程の儀故、御難儀察し入り申候、然るに御国元に、御勝手向き取直すべき者御座候て、既に御目鏡に留り候段何より以て重畳の御事に候、手前共より申し付け候事は、容易き事に候間、其の木工とやらを早速お呼び寄せ成さるべし」との御返事に、「千万忝なく候」と御挨拶成され、夫より早飛脚を以て、御国元へ、御用之儀これあり候間、老職の者、並びに諸役人は、月番会の者一人づゝ居残り、其外の者は、皆々打連れ、恩田木工を同道にて、急に出府致すべき旨仰せ遣はされ候へば、何事か出来候哉と、いづれも取るものもとり合へず出府仕り候、即ち、また御親類中御招請の上、諸役人残らず召し出され、御親類様方御対座にて、御老分の御方様より仰せ出され候は、「此の度恩田木工並びに諸役人呼び寄せ候事は、余の儀に非ず、豆州御勝手御不如意に付、手前共相談の上、恩田木工に勘略申し付け候間、辞退なく国元の政道、心一杯に取り計らひ申さるべく候、依て老職を始め、諸役人共、万事木工が指図を請け、役儀相勤めくれ申すべく候、是れは豆州殿の思召に出で、何れも相談の上、かく申し付け候間、左様相心得候様に」と仰せ渡され候。
書き下し
一、信州川中島、眞田家の御知行所川中島は、水損の場にて、年年の御損耗多ければ自らお勝手も御不如意にて、御取續き成されがたき由にて、去る寬保年中、公儀へお願ひにて、一萬兩の拜借を許されし程の御事なれば、次第にお勝手御むつかしく當御城主の御代に成り候。寳歷五年の初め頃、江戶御在府の砌り、御親類中御參會の節、公の仰せられ候には、「何れも御存知の通り、手前儀、勝手不如意に付き、先年公儀より、一萬兩の拜借被仰付候へども、中々夫れにて取續き相成り申さず候、併し乍ら、在所に恩田木工と申す者これあり、老職の末席にて、年若には御座候へども、領分の政道申し付け候て、勝手も取直し申すべき樣に存候故、役儀申付け度存候へども、私儀年若、彼も年若ゆえ、申し付け候とも、老分の者、决して得心仕るまじく候。依つて近頃御無心ながら、各々方御對座にて、恩田木工へ勝手取直しの儀、御仰付け下され候樣仕度、此儀偏に願ひ奉る」と仰せられ候へば、何れも方の御挨拶に、「勝手不如意の儀は、皆同樣ながら、別して豆州公には、御先代の時より、公儀へも知れたる事にて、拜借迄も仰せ付けられ候程の儀故、御難儀察し入り申候、然るに御國元に、御勝手向き取直すべき者御座候て、既に御目鏡に留り候段何より以て重疊の御事に候、手前共より申し付け候事は、容易き事に候間、其の木工とやらを早速お呼び寄せ成さるべし」との御返事に、「千萬忝なく候」と御挨拶成され、夫より早飛脚を以て、御國元へ、御用之儀これあり候間、老職の者、竝びに諸役人は、月番會の者一人づゝ居殘り、其外の者は、皆々打連れ、恩田木工を同道にて、急に出府致すべき旨仰せ遣はされ候へば、何事か出來候哉と、いづれも取るものもとり合へず出府仕り候、即ち、また御親類中御招請の上、諸役人殘らず召し出され、御親類樣方御對座にて、御老分の御方樣より仰せ出され候は、「此の度恩田木工竝びに諸役人呼び寄せ候事は、餘の儀に非ず、豆州御勝手御不如意に付、手前共相談の上、恩田木工に勘略申し付け候間、辭退なく國元の政道、心一杯に取り計らひ申さるべく候、依て老職を始め、諸役人共、萬事木工が指圖を請け、役儀相勤めくれ申すべく候、是れは豆州殿の思召に出で、何れも相談の上、かく申し付け候間、左樣相心得候樣に」と仰せ渡され候。
現代語訳
一、信州川中島は、真田家のご知行所であるが、水損の場所で、年々の損耗が多いため、おのずとお勝手(財政)も不如意で、お続けになることが難しいということで、去る寛保年中、公儀へのお願いにより、一万両の拝借が許されたほどのことであり、次第にお勝手は困難になって、当ご城主の代となった。宝暦五年の初め頃、江戸にご在府のとき、ご親類衆がお集まりになった席で、公が仰せられるには、「どなたもご存じの通り、私は勝手が不如意なので、先年公儀から一万両の拝借を仰せ付けられたが、とてもそれでは続けていけない。しかし、在所に恩田木工という者がおり、老職の末席で、年は若いけれども、領分の政治を申し付ければ、勝手も立て直せるだろうと思うので、役目を申し付けたいと思うが、私は若く、彼も若いので、申し付けても、老分の者は決して得心しないだろう。そこでこのたび、ご無心ながら、皆様のご列席のうえで、恩田木工へ勝手立て直しの件をお申し付けくださるよう、ひとえに願い上げる」と仰せられた。すると皆様のご挨拶は、「勝手不如意は皆同じ事情ながら、とりわけ豆州公は、ご先代のときから公儀にも知られていることで、拝借までお許しになったほどであるから、ご難儀はお察しする。そこで、お国元に、お勝手向きを立て直すことのできる者がいて、すでにお目に留まったとのこと、何よりも重畳のことである。我々から申し付けるのは容易なことであるから、その木工とやらをさっそくお呼び寄せなさるがよい」とのご返事で、「まことにかたじけない」とご挨拶なされた。それから早飛脚をもって、お国元へ、御用のことがあるので、老職の者と諸役人は、月番会の者一人ずつが居残り、そのほかの者は皆打ち連れて、恩田木工を同道のうえ、急いで出府するようにと仰せ遣わされたところ、何事が起こったかと、皆取るものも取りあえず出府した。そこで、あらためてご親類衆をお招きし、諸役人を残らず召し出され、ご親類衆がご列席のなか、ご老分の方から仰せ出されたのは、「このたび恩田木工と諸役人を呼び寄せたのは、他のことではない。豆州の勝手が不如意なので、我々が相談のうえ、恩田木工に勘略(倹約・財政の取り計らい)を申し付ける。辞退なく、国元の政治を思う存分に取り計らうように。よって老職をはじめ諸役人は、万事木工の指図を受けて役目を勤めるように。これは豆州殿のお考えから出たことで、皆で相談のうえ、このように申し付けるのだから、そのように心得よ」ということであった。
解説

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日暮硯・『日暮硯』噓を言わず、二度変えない一、扨て其の定日に至れば、御家老を初め、役人中、殘らず、御殿大廣間へ出席、恩田木工殿、中央に坐し、百姓共を呼び出され、申し渡され候趣は、「皆々、先達て聞き及びの通り、手前儀を江戶表へ召され、御親類樣方御列座にて、勘略奉行仰せ付けられ候、只管御辭退申上候へ共、御免これ無きに付、據なく御請は申し上げたれども、自分の働きにて此の役儀、相勤まり候事、思ひも寄らず、今日は、一同の者と、篤と相談いたしたく呼び寄せ候間、先づ手前の申す儀を、一と通り聞き、其の上、皆々存じ寄りを申すべく候、偖て殿樣の御勝手、其だしく御不如意の爲め、唯今まで御領分の者共も、殊の外難儀いたし候上に、此度手前、又勘略奉行に相成り候へば、猶以て御領分中の難儀に相成り申す事これ有るべく、氣の毒なる事に候、就ては第一に、手前儀は向後、噓言を一切言はざる積りにて、申付けたる事、二度變替は致さず候間、此の段豫て皆々、しかと相心得居り申すべく候。猶又向後一同の者も、手前と肌を合せ、萬事相談して吳れざれば、勘略は出來申さず、手前儀も御役目相勤まらず候間、何事も心安く、手前と相談づくにして貰ひたし、是が第一に皆々へ、手前より賴みなり。尙此の上手前申す儀を、皆々得心致しくれ候へば、役儀も相勤り候へ共、若し皆々、不得心なれば、手前役儀は相勤まらず候間、切腹致すより外これ無く候、手前に首尾よく役儀勤めさせ吳れるも、切腹さするも、皆々の了簡次第なり、如何致し吳れ申すべきや、皆々の所存を聞きたく候。然し、唯斯樣にばかり申しては、皆々、返答も出來まじく、今日は先づ手前が申す事を、よく〱聞き覺えて宅へ歸り、惣百姓と篤と相談して、追て返答して吳れよ。
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日暮硯・『日暮硯』飼鳥を勧めた者の献立古人言ふ有り、曰く「一代の君必ず一代の臣下有り」と、誠なる哉、此の言。爰に信州川中島の城主眞田公、幼童の頃より當今に至る迄の御政務を傳へ承るに、實に近代の賢君、當時の名將なり。ある時、御側衆、御慰みに御飼鳥遊ばされ然るべき旨お勸め申上候へば、公の仰せに「飼鳥は宜しきものか」とあり、「お慰みにも相成り、第一お目覺めの爲に宜しく御座候」由申上候へば、公、「元來よろしきものにて慰めにもなるならば飼て見るべし、萬事は其方へ申付くべく候間宜しく取計らひ申すべし」と仰せられ候彼の者、「畏り奉り候」と御請け申上げ退出す。公、即刻作事奉行を召され、鳥籠入用につき、高さ七尺餘り、長さ九尺餘り、幅六尺餘り、溜塗にして金具を打ち、隨分立派に急ぎ拵へ候へと被仰付候。程なく出來上り、御居間の椽側へ据置く、乃ち彼の飼鳥をお勸め申上候者召出されて、鳥籠出來致し候間見よと仰せられ候ゆへ、見候て「結構に出來仕候」と申上ぐれば、「其方氣に入り候や」との御尋ね、「成る程鳥籠には是より上はこれ有るまじく存じ奉り候、假令江戶表にて上樣が御飼鳥遊ばされ候とも、是より外に致方も無御座候」と申候へば、「其方にさへ氣に入り候へば滿足」と仰せらる。「然らば急に鳥の才覺仕るべく哉」と申上候へば、「イヤ鳥の才覺は急ぐ事なし、追て申付くべし先づ献立を一通、其方が思ひ入次第に仕立候へ」と仰付られ候、「其儀は唯今まで拵へ見候覺えも御座なく候、甚だ不調法に御座候、御免下され候樣に」と申上候へば、「如何樣にも仕立かへ、其方が心に是にてよしとさへ思へばよく候間、先づ拵へて見候樣に」と重ねて仰せ付られ候。よんどころなく、「畏り奉り候」とお請け申上げ、即ち御料理人などゝ相談の上仕立候て献立相認め、御前へ差出し候處、御覽の上、「宜しく出來候、其方が心にも是にてよしと存じ候や」との御尋ね、「不調法にて此外には致方も存じ奉らず」と申上候へば、「其方が心にさへ叶ひ候へば我も滿足」との仰せにて、即ち、御料理人へ、此の通りの料理二人前、明日晝飯に拵へ候樣にと仰せ付らる。
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日暮硯・『日暮硯』家来も親類も約束で固める「イヤ其の分にても相濟まず、家來共に暇を出し候上は、無人ゆゑ飯もたかねばならぬなり、水も汲まねばならぬなり」「成る程、飯を焚きし事はなけれども、焚き習ひ候て、飯もたき、水も汲み申すべく候」「彌々それに目違なきや」「誓言にて御座候」「然らば去るに及ばず、女房にして置くべし、扨て子供は何方へなりとも立ち退くべく候、路銀は相應に吳れて出すべし」と申され候へば、「私も噓は申すまじく候、飯と汁とより外は給べ申すまじく候、綿服を着申すべく候間、御勘當は御免下されたく」と申されければ、「彌々左樣に候や」「成ほど誓言にて御座候」「彌々左樣に候はゞ、我が子にして置べし」「家來共立ち出でよ」「私共もうそを申まじく、御飯と汁より外、給べ申すまじく候間、何とぞ御差置下され候樣願ひ奉り候、旦那樣より御暇を受け候はゞ何方へ參り候とも、奉公は相成り申す間じく候、其の譯は、彼等は木工殿にて、うそを言ふ事相成らず、飯と汁より外は菜を喰べる事相成らず候故、暇を取つて出たる者共なれば、何の用にも立つまじきものと申す事にて、召し抱へらるる御方有るまじく候、此の上の御慈悲には、何卒、御差置き被下度、有り難き仕合に存じ奉るべく候」と願ひ候へば、木工、「うそを言はず、飯と汁より外喰はぬ事合點ならば、召遣ふなり、お身達に暇を遣はしても、又抱へねばならぬは人なり、仍つて給金は、只今の通り遣はすべく候間、奉公大切に相勤むべく候」「イヤ御給金は御貰ひ申すに及ばず候、食物は旦那樣より下され候なり、着物は當分着候程は所持仕り候、なくなり候はゞ、旦那樣の御古なりとも拜領仕り候て着申すべく候、左候へば、御給金も頂戴に及び申さず候」「イヤとよ、我は知行千石なるに、飯と汁より外喰はぬ積りにて、何も入り用なければ、家來どもへは給金を出し、家內の入用を引いて、殘りは御上へ差上候より外に考へなし、おみ達は、妻子を養育する身なれば、給金は遣すべく候間、左樣に相心得候へ」と申され候へば、有り難き仕合に存じ奉り候と、皆々お請け致し候ひける。 扨て又木工、「親類中には彌々義絕成し下さるべくや」「イヤ拙者共もうそは一向に申間敷候」「イヤ各々方、御家內の儀は御勝手次第に成さるべく候、各々方さへうそを相止められ候へば、手前の邪魔になる筋はこれ無く候間、義絕に及ばず候」「それは忝き仕合に候」と、互に挨拶して、親類中も各々歸宅致され候。右の通り、江戶より歸國早々、家內竝びに自分の親類を最初に固められ候は、前代未聞の賢人なり。